あの日歩の部屋にいる私を見た相模主任の驚いた顔は今でもはっきりと覚えている。
仕事を終えた金曜日の晩、私と歩はのんびりと部屋で寛いでいた。
私が作った料理を食べて、ワインを飲みながらテレビを観ている時に突然やってきた相模主任の口から
『うわっ。椎名の家に、夏乃以外の女がいる』
そんな言葉がこぼれたとなれば。
「まあ、忘れられないよな。突然やって来た男に俺の元恋人の名前を叫ばれたとなれば、いい気分じゃないし」
「あ……はい。そうですね」
「相模も悪気があったわけじゃないし、いつも冷静な男があそこまで驚くほど、俺の部屋には女の気配がなかったということだから。忘れてやってくれ」
どう聞いても明るいその声に、ほんの少しだけ気持ちは浮上するけど、それはほんの少しだけだ。
相模主任が私を見た途端に目を見開いて、『夏乃』という名前を口にした時、私はかなり傷ついた。
大好きな恋人の、昔の恋人。
その人が歩の部屋に来たことがあるとわかっていたし、部屋のあちこちに残る彼女の気配に触れる度、悲しくて仕方がなかった。
食器棚に残っている幾つもの食器は、夏乃さんが持ち込んだものだから、歩は私が好きなものに買い替えてもいいと言ってくれたけれど、そんなことはできなかった。
『大丈夫ですよ。かなり高級な食器ばかりだから、もったいないです』
意地を張った私は、大人の余裕を見せようと、笑ってそう言った。

