幕末の神様〜桜まといし龍の姫〜





「ありがとう、総司」







姿勢をたてなおし、振り返ってそう言うと、総司はどういたしましてと言うように、頭をちょこんと下げてから、掴んでいた腕を離した。






そしてなぜか、平助を冷視する。






冷ややかな眼差しを受けていることを自覚した平助は、怪訝そうに眉をひそめた。






「な……なんだよ」







平助の小さな反論に、総司は頭の後ろで手を組むと思いっきり溜息をつく。






誰が聞いても嫌味のような溜息だった。





「平助ってさ、最低だよね。女の子をつまずかせようとするなんて」





嫌味を悪びれもなく平然と口にする総司。





それに対して、反抗する平助。




「なんだよそれ!?いいがかりじゃねえか!お前が譲にぶつかったせいだろ!」




「でもさ。譲がきちんと前を見てれば、こんなことにはならなかったよね?
ってことは、譲を後ろ向きに歩かせてた平助のせいでしょ?」






「あーー!?ほんっと、性格曲がってるな!だいたい、俺と譲な仲良くしてたからって、やきもち妬いてんのか!?」






「別に妬いてないけど。だってそれ以前に、譲は君みたいな小さくて小柄で、弱そうな男を選んだりしませんから」






総司のひどい物言いに、平助の心のどこかが折れた音が、譲には聞こえた気がした。






なぜなら、それまで自分を挟んで左に右に飛び交っていた言葉がぴたりと止まったから。








そっと横目で平助を見やると、平助は予想通り、放心状態だった。







まあ、無理もない。







何か言葉をかけなくてはと、譲は平助に駆け寄る。







「ま…まあ、そんなに気落ちしなくていいわよ。確かに背も、私とさほど変わらないくらいだけど……えっと……そうね、美男子だと思うわ!」





平助が精気が抜けた顔をゆっくりとあげる。





改めてよく見ると、土方さんには少し劣るが、それでも平助は整った顔立ちをしていた。





「小柄な美男子も悪くないと思うのよ!」




精一杯励ますと、平助にだんだんいつもの明るい笑顔が戻ってくる。




「そっか……そっか!ありがとな!」






と言ってるんるんとした軽快な足取りで廊下を駆けていく平助。





「そんなとこで突っ立ってないで、早く飯を食おうぜ!」





「まったく、落ち込んだとおもったら元気になったり、急がしいな」





嫌味を言い置く総司に、まあまあと譲はなだめる。





「平助の言うとおり、そろそろ行かない?」



しかし、総司はまだどこか不服そうな表情だった。





「どうかした?」



「……平助だけずるいよね」




「なにが?」





首を傾げて問うと、総司はにやりと、口の端を吊り上げた。





「僕には、何もいってくれないんだ」




かっと譲の体温が上昇し、顔が火照るくらい真っ赤になる。




動揺したまま、ぶんぶんと首を振る。



「あ…あれは、平助を慰めるために言っただけで……!」




「ふーん……」



とつまらなさそうに唸る総司に、さらに譲は言い訳を考えようとする。



「だからその……素ではいえないっていうか。時と場合っていうか……」



「へえーー」



「もう!総司ったら!」






朝から随分にぎやかなやり取りをしながら、二人は皆が集まっている部屋に向かった。