幕末の神様〜桜まといし龍の姫〜




総司の抵抗にあいながらも、なんとか井戸まで引っ張ってくると、譲は手早く水を汲み上げ、自分の手拭いを濡らした。


「袖をまくって」



だが、総司は譲の言葉を拒絶した。



「いらない」



「いらなくないわよ! こんなに腫れてるじゃない!」



「あんたに僕の何が分かるんだよ!」



そう怒鳴られて、譲はある光景が胸に迫った。



どこかで聞いたことのある言葉。



それは近藤さんが、譲が浪士を何の感慨もなしに殺していたことに激怒した時。



譲が近藤さんに言い放ったのと同じ言葉だった。




譲にはその言葉の真意がよく分かる。




これ以上、自分のことに踏み込んでこないでという証。



誰にも心を開く気はないという意思表示。



総司は、以前の譲とそっくりだった。




だが、感情が高ぶった総司は勢いのままに続ける。



「僕が何をしていようと、何をされていようとあんたには関係ない。僕のことなんか、何も知らないくせに!」



棘のある言い方に、譲もむっとする。



「知らないわよ!知るわけないじゃない!」



けれど、譲は心の中では自分を保っていた。



違う。自分は総司に伝えたいのはこんな言葉じゃない。



いきなり大声で断言されて、勢いをそがれた総司に、譲はたたみかける。



「でも、どうしてあなたが負ってる傷を洗うことも許されないの……?」



その言葉に、虚を衝かれたように総司が瞠目する。


「私はただ……あなたが心配なだけ。それにね」


「?」


「私、家族がいないの」


「!!」



ますます総司の顔が驚愕の色に染まる。


「だから、少しわかるの。あなたの気持ち」


「………!!」



さらに総司が驚いたのは、譲が涙を流したからだった。



譲はぎゅっと、総司の手を握る。



「私はわかる。どれだけあなたが、辛い目にあっているか」



そう。痛いほど分かる。



たった独りで孤独に耐える苦しみが。



自分の周りに何もない悲しみが。



総司を思うと、かつての苦い経験が譲に押し寄せ、涙を流さずにはいられなかった。



総司に、少しでもこの思いが伝わるように。


少しでも、その心に響くように。



「だから……独りで生きようだなんて、思わないで。お願いだから」