幕末の神様〜桜まといし龍の姫〜




鴨川の穏やかなせせらぎの音が耳に心地よく、昂った気持ちを鎮めてくれる。


背を預けている木が風に揺れ、木の葉を散らす。



空を見上げれば、白い鳥が翼を広げて、どこまでも続く空を、何にもとらわれることなく自由に翔けていき、淡い群青色に消えていく。


一体どれほどそうしていたのだろう。


時間の感覚がなかった譲が気付いた時には、陽はもう沈みかけ、夕闇が空を覆っていた。



だが、なんとなく屯所に戻るのも気が向かなかったため、譲は足の矛先を島原に向けた。



今島原に行っても仕事のため、お客を取る気にはなれそうにない。完全にそういう気持ちが滅入ってしまっている。



(どうして……)



あんな子供染みたことを言ってしまったのだろうか。



土方さんや近藤さんに芹沢さんが止められるわけがないことは知っているし、芹沢さんを無闇に罰を与えるなんてことは不可能なのだ。



芹沢さんがいなければ、浪士組が会津公の目にとまることはなかっただろうし、こうして俸禄をもらい、後ろ盾になってもらうこともなかっただろう。


(全部わかってるの。全部……)



それでも自分を制御できなかった。



女を物のごとく扱う芹沢さんが許せなかった。




複雑な気持ちのまま、譲が川沿いを歩いている時だった。



「譲はんやありまへんか!」




薄暗闇のなか、声をかけてきたのはあぐりだった。そして、その後ろには浪士組隊士の佐々木愛次郎がいた。



逢引きをしていたのだろうか。



佐々木は譲を認めるや顔を強張らせながら会釈をする。



「あら、いい雰囲気だったら私を呼び止める必要なんてなかったのに」



譲がそういうと、あぐりが首をふる。




「違うんよ。譲はんが元気なさそうやから、佐々木はんが同じ女で話を聞いてほしいと頼まれたんどす」



あぐりが言いにくそうに口を開く。



「芹沢はんのこと……聞いたんどす。それ聞いて、うちもいてもたってもいられへんくて……」



「ありがとう、あぐり。でも、大丈夫。ここにしばらくいたら落ち着いてきたしね。私、ちょっと行くところがあるから」




心配させまいと笑顔を取り繕い、譲はその場を立ち去る間際、佐々木に耳打ちする。




「私のことは気にしないで。それよりも、あぐりをしっかりと守ってあげてね」



佐々木の反応を見ず、譲は二人のもとを去る。



だが、佐々木が短く、はいと返事をしたのは、はっきりと聞こえた。



譲はそれだけで満足だった。