時は少し戻って、譲が家里を捕えるために、花街へ向かおうとしていた頃。
壬生寺の境内で夕暮れを眺めている総司を見かけた原田は、譲に頼まれていた用事を思い出し、声を掛けようとした。
しかし足音で気配に気づいていたのか、総司はくるっと首を回し、原田を見ていた。
「どうしたの?左之さん」
総司の問いかけに、左之は譲から渡された包みを手渡した。
包みから香る香ばしい匂いに、総司の目が開かれる。
「左之さんが買ってきてくれたの?やだな。僕なんにもないよ」
すぐに人を疑ってかかるひねくれた性格だと、ため息を吐きながら、原田はちげえよ、と一言添えた。
「譲がお前にってな。かなり量があるし、一緒に食べようとしてたんじゃねえか」
譲という言葉を聞いて、総司の顔色が変わり、奪うかのように原田の手から包みを受け取ると、包みを縛っている紐を解いて中を開けた。
そこに入っていたのは、総司の予想通り、昔、譲と二人でよく食べていたお焼きだった。
なぜ彼女がこれを渡したのか定かではない。ただ、総司の心は揺れた。
総司は微苦笑を浮かべ、包みを握りしめる。
(期待してしまう)
こんなものを受け取ってしまうと、君にその気がなくとも、もしかしたら……と期待してしまうのだ。
彼女も同じ想いを自分と抱いているのではなかろうかと。
――約束ね! これを食べるときは絶対一緒よ!――
懐かしい記憶が総司の脳裏によみがえる。
譲と自分はよく近藤さんから菓子をもらっていたが、どんなときも二人で仲良く分け合って食べていた。
しかし、唯一喧嘩までしたのがこの菓子だった。
総司が譲の目を盗んで、譲の分のお焼きまでも食べてしまったのだ。
もともとお焼きが好きだった譲は、総司が全て平らげてしまったことに腹を立てて、木刀での試合までに発展した。
当然、まだ譲に敵わなかった総司は、完膚なきまでにぼこぼこにされ、もう二度とこんなことはしないと誓った。
それから、試合の怪我で寝込んでいた総司の部屋に、譲はお焼きを持って現れ、激昂してあんなことをしてしまったと泣きながら総司に謝った。
もとより、全て食べてしまった自分が悪いと、さらさら譲を責めるつもりなどなかった総司は譲を許した。
すると譲は、指切りをしながら、涙で赤くなった顔で明るくいったのだ。
『約束ね!これから食べるときは絶対一緒よ!独り占めは禁止!』
そう、小さな小指を契って約束した。
「約束は、守らないとね」
ふっと柔らかな笑みを浮かべながら、総司はお焼きを包みなおした。
子供らと接していたあの時も自分を探していたのだろうかと思うと、この包みから譲の温もりが伝わってくるような気がした。
「ありがとう。左之さん」
礼を言うと、総司は原田の横を通り、譲の部屋に向かった。

