幕末の神様〜桜まといし龍の姫〜






(境内にもいないなんて、一体どこにいったのかしら)





依然として総司を見つけられなかった譲は首を捻っていた。





屯所の廊下を歩きながら抱えるお焼きが入っている包みはもう温かさが消えかかっていた。






早くしないとという焦燥感に駆られていると、廊下の角から左之さんがひょいと姿を現わす。




そのまま会釈だけして通ろうとすると、左之さんがおおっ!と声を上げた。






「ここにいたのか!探したぜ」




どうやら自分を探していたらしい。





一体何事かと尋ねようとするよりも早く、左之さんが口を開く。





「実はな、この前隊規に背いたとして捕らえていた家里が逃げ出したんだ」






「えっ!」




譲は大きく目を見開く。なるほど、だから自分を探していたのか。




「分かったわ。今すぐ家里の行方を追ってくる!」





しかし、左之さんはどこか反応に鈍い様子だった。



頭をぽりぽり掻きながら、左之さんは気まずそうに付け加える。






「実はな、それだけじゃねぇんだ」





そこで聞かされた内容に、譲は驚きよりも激怒した。





「まだ入りたての山崎にそんなことさせてるの⁉︎しかも失敗したら切腹するって……」





もう!と譲は苛立ちを隠せない。




「私の仕事を増やしてくれるわね!分かったわよ!そうすればいいんでしょ!」





機嫌の悪さを全面に押し出しながら、譲は去ろうとする間際、思い出して左之さんに持っていた包みを渡す。






「これ、総司あったら渡しておいてね」





そう言う譲を引き止めるように、左之さんは譲の肩を掴む。




「佐々木というあぐりのこと……、あぐりにあいつと別れるように説得してくれねぇか?お前、あいつと仲いいんだろ?」





左之さんの頼みに譲はただ横に首を振る。





「私は何もするつもりはないわ。それに……」





譲は視線を空に向ける。





「二人がどうなるのかは、佐々木の覚悟にかかってるんじゃないかしら。一人の男としての覚悟か、一人の武士としての覚悟かね」






譲はその視線を左之さんに戻す。左之助さんは真剣に譲の話を聞いていた。





「今の彼にはどちらの覚悟もない。でもきっと、選択せざるを得ない局面がくる。それまで私は何もしないわ」




そう言い残すと譲は仕事のためスタスタと廊下を歩き去っていく。





その姿を見ながら、左之はため息をつく。




(男としてか、武士としてか…か)





ふっと左之は表情を歪ませる。





(簡単に言うけど……こりゃ究極の選択だぜ?譲?)





左之は譲から受け取った包みを渡すべく、今度は総司探しを始めた。