幕末の神様〜桜まといし龍の姫〜



店の暖簾をくぐり外に出ると、すっかり話し込んでいたせいか、辺りは薄い夕暮れに包まれていた。



家への帰路を急ぐ童たちが街道をあちこちに駆けていく。




「今日はえらいすんまへんどした。ほな」




お辞儀をしたあぐりと別れると譲はどこに行こうかと途方に暮れた。




まだ屯所に戻る気にはなれない。いくら江戸に戻れといった近藤さんでも心配していることは目に見えていたが、譲は心中を察しながらも屯所からさらに遠のくように歩き出そうとしたその時だった。





シャン……と耳の奥で遠く木霊する鈴の音色。





踏み出した足をぴたりと止め、譲は目を開く。




(この鈴の音……)




脳裏でうつらうつらと蘇ってきたのは残像は、巫女装束を身にまとった村の娘たちが、村を守るようにそびえ立っている桜の大樹を囲んで、舞を踊っているものだった。






神々しく、流麗なその舞に同時の譲は釘付けになった。




その舞に見惚れていると、母が教えてくれたのだ。




『遥か昔、私たち一族の祖先であった大いなる龍は、人間たちからその身を隠すため、自ら人間の身に姿をお隠しになった。そして死の間際、私達子孫を永劫に守るため、宝剣を残し、そして三つの桜の大樹に身をやつした』




『どうして桜なの?』




譲が母の手をぐいっと引いて問うと、母は譲と同じ高さまでしゃがみこみ、譲の肩を寄せ、桜の大樹を指差した。





『神様というのはね、それぞれ化身という仮の姿があるのよ。そうね、私たちのこの姿は仮の姿。本当は角もあるし、爪を長いでしょう?』




当然だというようにこくこくと譲が頷く。





『それと同じよ。大いなる龍の仮の姿は桜なの。江戸と京の都とそしてこの村にその化身である桜の大樹があるのよ。
たとえ一族がどこにいようと、守れるようにね。そのご加護に感謝の意を示すために奉納之舞、胡弓を奏でるのよ』





母の優しい笑顔が消えると、譲は血が騒ぐのを感じた。





「呼んでる……」




譲は身体の感覚に身を任せて走り出した。





何に呼ばれているのかはっきり分かる。




京の都にあるという龍の化身の桜の大樹が自分を呼んでいたーー。