花緒は、譲から客のための替えの酒と、肴をもってくるように頼まれ、お膳を運んでいる最中であった。
廊下を歩いている最中、花緒は思わず頬を緩ませた。
譲が言ったあの言葉。自分の突き出しを手伝わせてというもの。
突き出しとはいつも上級芸子の傍についていた見習いの新造が、正式に芸子となり、客を取れるようになる。
またその際には、新しい着物や帯をあつらえ、花魁道中をする。その際に配る菓子などもすべて、譲が協力してくれるということなのだ。
彼女は嘘を言わない。だからこそ、そういってくれて本当に心から嬉しかった。
あの人のためにもっと役に立とうと張り切っていると、ふと、どんという何かが倒れる鈍い音がした。
何だろうと少し駆け足で、音のした方向に向かうとそこは、譲が客を相手している座敷だった。
お膳を廊下の隅に置いて、少しだけ、襖を開いて中の様子を窺い、花緒は思わずもれそうになった口を慌てて押えた。
(柚葉姐さん……!!)
畳に押し倒され、必死の抵抗をしている譲と、客の姿があった。しかも、相手は刀を持っている。
「ふざけないで!こんなこと許されると思っているの!?切腹では済まされないわよ!」
譲は帯に手をかけている男の手を必死に押しとどめている。
話から察するに、相手は浪士組の人なのだろう。
「だから、報告させねえよ」
男は刀を抜く。
それを見るや否や、花緒はなるべく足音を立てずに廊下を走り出した。
急いで角屋の男衆を呼ぼうとして、花緒は立ち止まる。
相手は浪士組の隊士で、剣術を心得ている。そんなことを習っていない角屋の男衆では不利だ。
花緒は適当な草履を履くと店を飛び出した。
(姐さんはだめだといってたけど、やるしかない!)
人で賑わう夜の島原の界隈を駆け抜け、花緒はある場所へと向かった。

