幕末の神様〜桜まといし龍の姫〜









譲は唇を噛む。まずい。ここで自分が龍神譲だと悟られるわけにはいかない。ここにはあくまでも、悪事を働く不逞浪士や、浪士組のみんなを取り締まるために来ている。






うっかり口が滑っても、自分の正体に気付かれないようにしなければならない。






もし気付かれれば、島原での自分の安全が保障されなくなってしまい、密偵ができなくなる。






つまりは、監察方として役立たずになるということだ。








譲はよりいっそう気を引き締めた。







佐伯は酒を飲んでいたのか、少し頬が紅潮していた。






「おう、絶世の美女とはまさにこのことだな。どれ、ここに座れ」






佐伯の言う通りの場所に座ると、酒臭い匂いが隣から漂ってきた。どうしても、この酒の匂いには慣れない。






それでも酌をしなければとお銚子を手に取る。







「あんまり呑んでおへんみたいどすなあ。どうぞ」






と柔らかな笑みで佐伯の空の杯に酒を注ぐ。






そうして注ぎながら、譲はふとあることを思った。









佐伯はあくまでも一般隊士だ。そんな佐伯に、島原で飲む金はあるのだとしても、芸妓で二番目に位の高い『天神』の位にいる自分を呼ぶのは相当な金がいる。






ではどこからそんな金を………?








これは場合によっては局中法度の、【勝手に金策致すことを許さず】に背くことになる。







譲は窺うように調子よく酒を呑む佐伯を見る。









よほど機嫌がいいのか、譲の腰に腕を回してくる。






それを気味悪く思いながらも、毅然として譲は芸子としての態度を崩さなかった。








「なあ旦那はん」







警戒心を消すために、あえて佐伯にすり寄ってみせる。







「うち、旦那はんとお会いしたんは初めてやけど……うちを呼べることは、ようけお金をもってるんどすか?」








さりげなく、金をどこから集めたのか聞いてみる。







すると佐伯は、何の疑いもなく口を割った。








「ああ、金か。金なら、芹沢の名を使って商人共におしがりを働いたのだ。悪名高き芹沢鴨の名を聞けば金がわんさか出てくるのなんのって……!!」









げらげらと笑いながら、佐伯は譲が注いだ酒を呑みほす。








「肴に酒に、なんでももってこい!おうそうだ。お前を呼んだのはほかでもない。胡弓姫と名高きその腕、見せてもらおうか」