左之さんが広間を出ると、譲は自分が手にしている羽織に目を落とし、あることに気がつく。
すぐに近くにあった裁縫箱からはさみを取り出すと、慌てて左之さんを追いかける。
「左之さーん」
呼び止めると左之があの羽織を着ながら、不思議そうにこちらを見ている。
左之さんが色男なせいか、余計に裾の白い仕付け糸が目立って見えた。
「どうした?譲?」
「左之さん、じっとしてて」
有無を言わせず、譲は左之さんに後ろを向いてもらうと、ちょきちょきとはさみで仕付け糸を手早く切っていった。
ようやく仕付け糸の存在に気付いた左之さんが、「あー」と理解したように、頭を掻く。
「悪りーな、譲」
「いいえ。いいんですよ」
ふふっと微笑み、譲はするりと糸を解く。
最後にぱんぱんと左之さんの羽織の裾の皺を伸ばして、身なりを整える。
「はい、これでよし。巡察気をつけてね」
笑顔で手を振ると、左之 の大きな手が、譲の髪をくしゃくしゃと撫でた。
「おう、行ってくるぜ。なんか…」
左之がふと考え込んだ後に、口角を吊り上げる。
「嫁さんみたいだな」
しらっとした顔で言う左之の言葉に譲は顔を真っ赤にさせ、恥ずかしさを隠すように、左之の背中を押す。
「いいから、早く行って!」
はいはいと笑ながら、左之さんが巡察に行くのを見送り、譲は洗濯をするべく、井戸に向かった。

