幕末の神様〜桜まといし龍の姫〜











既に酒で泥酔している客の脇に転がっていた徳利をみかけた譲は、それを拾い上げると中身を確認するために振ってみる。







見事にからからだったため、譲は一応客に声を掛ける。








「旦那はん、お銚子が空どす。うちはかえをもってきますさかい」








酒はうんうんと頷く。










もうほとんど理性は保たれていないだろう。











譲は、さっき客に弾いてやった胡弓を手に身体を起こすと、その客にしつこく付きまとわれていた花緒に目配せすると、合図に気がついた花緒は慌てて立ち上がり、後ろについてきた。









お銚子をかえるというのを言い訳に座敷を抜け、控えの部屋に戻る廊下の途中、譲はある一室がえらく盛り上がっていることに首を傾げる。








「随分と気前のいい客が今夜はいるようね」








声が聞こえてくる部屋に目を向けながら、花緒にそう話しかけると、花緒も不思議そうに頷く。









「そのようですね」








女に金を費やす男の思考が分からず一つため息をつき、譲はさっさとその部屋の前から立ち去ろうとした。









だが、障子が開かれたかと思うとぞろぞろとその部屋から芸子たちが出てきた。










人払いでもされたのか、先ほどまでの馬鹿騒ぎとは打って変わって静寂さが満ちていた。










譲はついに不信感を覚え、反対する花緒をよそに、その部屋にそっと聞き耳を立てる。







姿が障子に映ってしまわぬように気を払いながら、冷たい壁に耳を押し当てる。









そして、壁越しに聞こえてきた声に目を見張る。







(芹沢さん……!?)








だがその低音な声、口調は間違いなく芹沢のものだった。それに時折、鉄扇を開けたりたたむような音が聞こえる。








思わず声が出そうになる口を押さえながら、譲は益々注意深く息を潜め、花緒にはその場から立ち去るように指示をする。










そして、そこにいるのは芹沢だけではないようだった。








その側近の新見。







それから殿内という男。







譲は思い出した。









正式に浪士組が会津藩預かりとなり、芹沢が無礼講だといって酒宴を開いていることを思い出す。







ほとんどの者が何かと言い訳して酒宴に行くことを断り、結局行くことになっているのは数少なかったはずだか、こんな夜遅くだ。





数人は帰ってしまったのだろう。












だが、よからぬ話をしているに違いない。譲は安易だがそう話をふむ。











「しかし………」







話の堰を切ったのは殿内だった。










「あのような馬鹿げた法度を作りだした輩を、芹沢殿はいつまで放っておくおつもりですか」







酒のせいか、殿内の声は高調していた。









こつん、とお猪口を乱暴にお膳の上に置く音が響く。








「とくにあの近藤という男……。所詮は名もない農民の生まれ。それが武士を気取り、加え浪士組の局長とは……。いくら芹沢殿や新見殿が局長という立場におられても、拙者は納得できぬ」









努力家で、どんなに近藤さんが苦労してきたかも何も知らないくせに、近藤さんを易々と罵倒する殿内に殺意を抱きながら、譲は落ち着きを払う。









今、感情的になるのは禁物だ、と何度も自分に言い聞かせる。







そんな譲の存在があることを悟る様子もなく、殿内は不平を並べ立てる。







「あの者の存在は、れっきとした武家の出身である武士を愚弄しています」












そう殿内がいいきると、新見が同意を示す。






「全くだ殿内」







そうでしょう、と殿内が声を上げる。






「芹沢殿、何か手を打たれたほうがよろしいかと」







すると、それまで寡黙だった芹沢が、ようやく口を開く。








「そうだな………このままというわけにはいかぬか」







「もし……近藤を殺るというのならば……その時は是非、拙者に」