「ね……え……さん……?……柚葉姐さん?」
耳元で聞きなれない芸名を呼ばれ、しばらくは放心状態だった譲はようやく意識をはっきりと現実に戻した。
仕事中だというのに、近藤さんから発表された法度、【局中法度】の内容が頭の中で何度も反響していて、つい呆然としてしまった。
譲は慌てて花緒に笑顔を見せる。
「ごめんなさい。逢状をもらったし、そろそろ、お座敷にいきましょうか」
いかにもなんでもないという様に装い、譲は手際よく支度を始める。
花緒も譲に不信感を抱く様子もなく、はい、と元気に答えて譲が通るための襖を開けた。
しかし座敷に向かう途中、やはり譲は厳しすぎる法度の戒律を思い返していた。
そして、そのときのみなの反応もはっきりと覚えている。
まずは隊の編成が発表され、これからは持ち回りで京の巡察をすることが会津藩との上役との話し合いで正式に決まったらしい。
それから、度肝を抜いた浪士組の規律。
みなが示した反応はそれぞれだった。
新八さんは真っ先に不服そうにしていたし、平助も『仲間を法度で縛るなんて……』と愚痴をこぼして乗り気ではなかった。
一方で左乃さんや、斎藤くんは納得していた。
譲もどちらかといえばこの法度を作ったのは正しい判断だったと思う。
今は全く集まっていないが、浪士組は人手不足のために隊士の募集をかけている。
少しでも多く集まるように、身分、出身などは問わないようにしている。
つまりは、常識も礼儀作法も知らぬ無法者たちが集まる可能性が十分高い。
ゆえに、このような厳しい規律でなければ隊はまとめられないと思う。
だからこそ、譲は反対しなかった。
総司も、『近藤さんが考えた意見に僕は従うけどね。そもそも、法度を破るつもりなんてさらさらないし』、と自信満々に語っていた。
譲は一瞬、息を止めた。
ここからだ。壬生浪士組は、ここからが正念場だ。
このまま、何も起きないわけがない。
何か事件は起こる。
必ず。
「みなはん、おばんどすえ」
そうして譲は、客がいる襖を開けた。

