幕末の神様〜桜まといし龍の姫〜








「ったく!おとなしく捕まれ!」







結局、土方に狙われる羽目となったのは……。






「絶対嫌に決まってるじゃないですかーー!」







(何で私なのーーー!?)







譲は吐き気がしそうなほど、土方と本物の鬼ごっこを満喫………いや、死闘を繰り広げていた。











捕まったら絶対に殺される。そんな考えしかもう思い浮かばない。








だが、朝餉を済ませたばかりだった譲は、正直気分が悪かった。気持ち悪い。全部吐きそうだ。








けれど、鬼ごっこの定石、鬼には捕まるわけにはいかず、渾身の力を振り絞って逃げる。








剣術の稽古でもこんな疲れた苦しい思いをしたことはない。









逃げれば逃げるほど疲労が溜まっていった。というより。








(土方さんの体力は底なしね!!)







たぶん、自分が女だということももはや忘れているのではないだろうか。








だって、大人が……しかも、十七歳の娘相手に二十五を過ぎた男が全力で追いかけまわしているのだから、我ながら笑える図だ。









廊下を走っていた譲は、近くの突っ掛けを履くと、庭に逃げた。すると土方さんは足袋のまま庭におりた。









「嘘でしょ!?どうして何も履かないんですか!!」







「つべこべ言わず早く返せ」






伸ばされた手をひらりとかわす譲。







「だから、私もってませんって!」







「お前が持っていようと持ってなかろうと、そんなことはどうでもいいんだよ!」








「理不尽!!!」







譲はもうこうなったら外に出るしかないと、八木邸の入り口まで駆けていく。







すると、ある人影がぽつんとそこにたたずんでいた。







何かを決意するかのように刀に手を置き、空を見上げている。








そして、刀を右差しにしている。









追いかけてくる後ろの土方さんを気にしながらも、譲は声をかけずにはいられなかった。








「……斎藤くん?」







すると斎藤君は我に返ったようにこちらを振り向く。







「ああ、譲か。近藤さんか土方さんはおられるか?」







「ああ、それならちょうど今ここにくるよ」







ほら、と譲は自分の後ろを指し示す。






斎藤君は訝しげな表情をするが、その意味が分かるとさっと青ざめた。









現れたのは世にも恐ろしい鬼だった。






「あんな状態の土方さんと話などできるか!」






小声で叫ぶ斎藤に、譲はただははっと薄い笑みを浮かべる。








「しょうがないじゃない。こんな時に尋ねてきた斉藤君が悪い」







「何故俺のせいになる!もとはといえばあんたが」






「男なのに言い訳するの?斎藤君も平助とおな………」







言葉を切らざるを得なかったのは、襟首をぐいっとつかまれて体が宙に浮いたからだ。加えて、とてつもない殺気を背後に感じたから。








譲はごまかすように笑う。







「あ、捕まっちゃいましたね。では今度は私が鬼……」







「馬鹿野郎!俺はお前と鬼ごっこしたくて追いかけてたんじゃねえよ」







「えっ!?じゃあどうして追いかけてたんですか?」






「しらばっくれんじゃねえ。だいたいお前は昔から……」





「土方さん!」





ああ、長いお説教が始まるなと覚悟していた譲は思わぬ救世主に感嘆する。







斎藤君が土方さんに声をかけてくれたおかげで、土方さんの意識が逸れたのだ。






「おっ?斎藤……斎藤じゃねえか!ったく今まで道場にも来ねえで、どこ行ってたんだよ!」








途端、土方さんの顔に笑顔が綻ぶ。






そしてこともあろうに、いきなり譲の襟首を放した。もちろん、譲は突然のことに対処できず尻餅をつく。






「……あ……扱いが酷くないですか!?」






「お前はそれぐらいでちょうどいいんだよ。で」







土方さんは改めて斎藤君に向き直る。








「どうしたんだよ。ここに来て」









「はい。俺を、浪士組に加えていただけないかと」





真っ直ぐな瞳でそう言う斎藤君。





譲も土方も目を丸くした。







それは願ったりかなったりだ。今、この浪士組は人手もたりなければ、戦力にも欠けている。だが斎藤君なら、重要な戦力になれる。









だが、土方さんはすぐには受け入れなかった。







「お前が今まで、どこで何をしていたのか……詳しく詮索するつもりはねえが、覚悟だけはきいておきたい」








それから土方さんは、この浪士組の現状を話した。







自分たちが今どのような立場にいるのか。そして、この組の主格は近藤さんではなく、芹沢という人が担っているということを。







しかし、それを聞いても斎藤君の目は揺るいでいないように見えた。








「それでも、入りたいのか」








「はい。俺は………」








ぴんと胸を張り、斎藤君は堂々とした口調でいう。








「俺は……左利きに生まれ、誰にも認められませんでした。ですが、近藤さんたち試衛館の面々は、俺を強いといってくれた。こんな俺を試衛館の食客になることを認めてくれ、俺の剣の腕を認めてくれた試衛館……ひいては近藤さんや土方さんのために、力になりたい所存です」







意見を述べた斎藤君の顔は晴れ晴れとしていて、凛としていた。







そんな斎藤君を、土方さんが入隊させないわけがない。







「そうか。お前ほどの腕の持ち主なら申し分ねえ。これから、よろしく頼む」







ぽんと斉藤君の肩に手を置く。






そんな爽やかな二人を見て、譲は隣でため息をついた。






「はあ。二人の世界に入らないでくださいよ」






「うるせえ。まあ譲、今回の件は斎藤の入隊に免じて見逃してやる。だが、句集は返せ」







「そうですね。斎藤君の入隊は、喜ばしいことですし。私も返してあげますよ」







「てめえは……素直じゃねえな」






「土方さんこそ」







それから、斎藤君はみんなと顔合わせするために、広間へ向かった。







譲は土方さんに命じられて、みんなを広間に呼びに行った。