(それにしても……)
譲はふふっと思い出し笑いをする。いつ思い出しても、笑いの発作がぶり返してくる。あれは、何度見ても傑作だった。
土方さんの句集、【豊玉発句集】。土方さんの見たまま、思ったままの句がずらりと並んでいる。
あれを見たら、土方の感性が分かってしまう。いかに、感情が豊かではないかということが。
正直、あれは誰が見ても。
(下手くそね)
季語が入っているだけで、もっと俳句に大事な要素がこれっぽちも含まれていない。
これを俗に世間では、【下手の横好き】とでもいうのだろうか。
にしてもあれは酷いが。
笑いの余韻に浸っていた譲は、角から現れる人物に全く気がつかなかった。
ようやく気配に気付いたが、もう遅かった。
譲は避けきれず、角からぶつかってしまう。
お膳だけはひっくり返すまいとして、譲はそれだけでもなんとか避けさせたが、自らが体勢を崩してしまい、結局膳が危ない状態になる。
しかし、床にぶつかる衝撃は感じられず、譲は自分のお腹に腕が伸びていることを確認した。
「おっと………危ない危ない。譲、怪我はないかい?」
声を聞いて、譲は身体を反転させる。
「こ……近藤さん!すみません、私つい考えことを……。怪我はないですか?おもいっきりぶつかってしまったのですが」
すると近藤は平気平気と声を上げて、譲の肩をぽんぽんと叩く。
「いやはや、それにしてもせいが出るな。譲の作る飯は格別うまいからな」
「近藤さんにそこまでいってもらえるなんて、光栄です」
譲は照れたように笑う。近藤さんの前では、自然と笑顔がこぼれてしまう。
心がほっと安心するのだ。
「お前には、男所帯のなか迷惑をかけるな」
譲は近藤の詫びにとんでもないと手を振る。
「そんなことないです。私、みんなといれて本当に幸せですから」
すると近藤は感無量したようにうんうんと感情を込めて頷き、譲の頭を撫でた。
「君のような養女がいて、俺は本当に幸せ者だな」
「私も、拾ってくれたのが近藤さんで幸福者ですよ」
「何かあったらすぐにいいなさい。できる限りの範囲で対処してあげよう」
「はい。ありがとうございます」
去っていく近藤に頭を下げ、譲はお膳運びを再開し始めた。

