ロンドン塔周辺では、最近若者を中心におかしな噂が流布している。

『夜更けの人通りが少ない時間帯、青年に会えたら気をつけろ。彼は人の魂を食らう。しかし彼の囁きや誘惑に負けなかった者は、何か願いごとを叶えてもらえる』

ほぼ都市伝説に近い噂話である。

ロンドン塔はテムズ川の岸辺、イースト・エンドに築かれた中世の城塞である。

正式には『女王陛下の宮殿にして要塞』と呼ばれるように、現在も儀礼的な武器などの保管庫、礼拝所などとして使用されている。

ロンドン塔には、世界最大級の大きさであるワタリガラスが一定数飼育されている。

ワタリガラスは大型で雑食の鳥で、1666年に発生したロンドン大火で出た大量の焼死者の腐肉を餌に大いに増えたともいわれている(しかし、実際に記録されているロンドン大火で死者は5名だけである)。

当然ロンドン塔にも多数住み着いたが、チャールズ2世が駆除を考えていた所、占い師に『カラスがいなくなるとロンドン塔が崩れ、ロンドン塔を失った英国が滅びる』と予言され、それ以来ロンドン塔では、一定数のワタリガラスを飼育する風習が始まったとされる。

またイギリス人に人気のあるアーサー王伝説において、アーサー王が魔法でワタリガラスに姿を変えられてしまったという伝説もあり、ワタリガラスを殺す事はアーサー王への反逆行為とも言われ、古くから不吉な事が起こるとされている。