その日の夜。
大きな荷物を抱えて帰ってきた洸さんは、すぐキッチンに立つ。
「今日は鍋な」
そう言って、手にしていた長ネギを持ち上げて笑った。
鍋……。
今日のこと、怒ってないのかな。
棚から土鍋を用意する洸さんをぼんやりと見つめてしまう。
ワイシャツの袖をまくっているその姿に、ハッと我に返った。
「あ、手伝う。野菜切ればいい?」
引っ掛けてあったエプロンに手を伸ばしながらそう言うと、洸さんに止められた。
「海ちゃんは座ってて」
「え?でも……」
「いいから。ほらほら」
少し強引にカウンターに座らせられてしまった。
な、なんなんだろう……。
洸さん料理してるし……。
いや、今まで見なかったかと言われるとそれは嘘になるけど。
それでも朝はバラバラだし、夜だって休みの日にたまたま時間合えば一緒にしてるくらいで……。
だから、洸さんがキッチンに立つ姿はすごくレアだった。
どうしてこうなったらよくわからないけど、謎の感動。
「あ、そうだ。たしかさ、引き出物の中にバームクーヘンあったと思うんだよ。悪いけど海ちゃん、俺の部屋から持ってきてくれる?」
鍋に野菜を投入しつつ、そう言った洸さん。
はーいって返事しながら洸さんの部屋の前で少しだけ戸惑う。
この部屋に入るのは、あの日以来だった。



