肌寒い3月。
春はすぐそこまで迫っているというのに、吐く息はまだ白い。


「……洸さん、出かけるの?」


パーカーのファスナーを首元まで押し上げて見上げた先の洸さんは、日曜だというのにしっかりとスーツを着込んでいた。



「おはよ。 コーヒーあるけど飲む?多めに淹れちゃってさ」

「のむ」


カウンターに座ると、すぐにマグカップが置かれた。
ゆらゆらと湯気がたちのぼるそれを両手で持つと、ジワリと熱が伝わる。



「海ちゃんの予定は?」

「あたし? あたしはとくに……」



てきぱきと出かける準備をする洸さんをただ目で追う。
スーツの上のコートを羽織ると、大きな紙袋を持って部屋から出てきた。


「家にいるなら、戸締りしっかりね」

「え?」

「じゃあ、よろしく」

「……」



ど、どーせ暇ですよ!

廊下の向こうで扉の閉まる音がする。
慌ただしく出て行ってしまった洸さんに、呆気にとられてしまう。


「……あたしの予定だけ聞いて、結局自分はどこに行くのか教えてくれなったし……」


どこ行くか聞けばよかった。
や、聞くのおかしいけど!あたしに関係ないけど!

あんなにオシャレして……どこ行くんだろう……。



ズズズ。

洸さんが淹れてくれたコーヒーはまだ熱い。
苦くて、渋い。
ブラックのコーヒー。

洸さんが淹れてくれたんじゃなきゃ、きっと残してしまうだろう。


ゴクゴクとそれを飲み干すと、あたしは急いで自分の部屋へ引っ込んだ。