こちらを見て、微笑む彼女。


「…………」


こんなにきれいな人に、わたしは会ったことない。
それは、洸さんから見た彼女が、こんなに輝いてるから……。

洸さんには、こんなふうに見えてるってことでしょう?


スキなんだ……。
洸さんの、好きなひと。

そして、彼女?


でも、それならどうして?
どうして、わたしに……あんな事……。


ギュッと唇を噛んだその時、背後で音がした。

ハッとして振り向くと、準備室のドアノブを持ったまま大きく目を見開いている洸さんがいた。


冬休み中で、他の生徒がいないからだろうか。

洸さんの装いは、あの野暮ったい”沙原先生”じゃない。
おろした無造作な髪だけが、先生の面影を残していた。



「……海ちゃん」


やっと声を出せたように、そう言った洸さんの声は低く掠れていた。


「……。こんなところで何を……」


洸さんは、わたしの足元に落ちている布に視線を落とすと小さくため息をついた。

視線を逸らしたその表情は、わたしからは見えない。
ボサボサの前髪に隠れてしまった。

洸さんは一気にわたしとの距離をつめるとこっちを見ずに布を拾い上げる。
そしてそのまま、丁寧にキャンパスを覆い隠してしまった。


「勝手にこの部屋のものに触ったらいけません。一応、美術品も置いてあるんだからな」



その声は、わたしを責めるものじゃなかった。
――……でも、優しくもない。


「……」

「――それで? 立花はなんで学校に……」


……苗字……。



「先生。教えて下さい」


まっすぐに洸さんを見上げる。
わたしに背を向けた洸さん。
出しっぱなしにしてあった絵の具を片づけながら「なに?」って言う。


こっちを見てもくれない。
泣きたい。


「どうしてわたしに、キスしたんですか?」

「……」


片付けをしていた手が止まる。
しばらく黙ったままだった洸さんは、机に体を預けて振り返った。