「な、なんか、昔を思い出しちゃった」
パッと視線を逸らすと、冷たくなっていく風から背を向けた。
「昔?」
「うん。子供のころね、えっと、昔住んでた家の近くに銭湯があって、そこによく行ってたんだけど……」
ジッとわたしを見つめる洸さん。
落ち着かなくて、上着を首元までしめた。
「……そこの銭湯の壁に描いてあった絵が、海の絵だったんだけど……。それを今思い出した。 空が不思議な色で……そう、本当に今の空みたいだった。 銭湯といえば富士山なのに、珍しいよね!あ、たまに男湯と女湯が入れ替わって、そしたらまた違う海の絵だったんだよ……」
って、わたしいきなり何をペラペラと……。
洸さんもそんな事聞きたくなんかないってば。
急に恥ずかしくなって、グッと言葉を飲みこんだ。
やだな……。もうやめよう。
いきなり黙り込んだわたしの隣で、洸さんは「へえー……」と静かにうなずいた。
チラリと顔を上げる。
洸さんは海を眺めたままで、それから呟くように言った。
「海の絵かぁ……」
「……」
暗くなっていく世界。
空はいつの間にか夜の顔をしていて、下弦の月が遠慮がちに銀色に輝いている。
心もとないその月明かりは、洸さんの横顔を照らし、わたしの心を奪っていく。
“海”
まるでその言葉は、わたしに向けられてるみたい。
洸さん……。
わたしね? 洸さんが好き。
今、それを伝えたら、洸さんどんな顔するんだろう。
洸さんのいろんな顔、もっと見たい。
隣にいられなくなっちゃうのかな。
胸が痛い……。
痛くて、苦しくて、こうして隣にいられるのがうれしくて……。
泣きそうだよ……。



