決して誰にも弱みを見せる事のない彼女のその脅えた姿に、コウガはそっと寄り添うと肩に手を回し引き寄せた。
「大丈夫…君は狂ったりしない……誰も殺したりしない……」
「…嘘だ……」
落ち着かせるように優しい声音で囁くが、彼女は彼の腕から離れて行く。
「嘘だ…そんなの嘘……私はあの時狂った……貴方が助けに来たあの時、私は正気を失い、貴方を襲った……」
覚えている。
あの時の自分を。
闇に身を任せ逃げ出した自分を。
フリードに適わなかった自分に絶望し、嫌気がさし、全てを投げ出した。
死に直面した自分は、心の弱い自分は、あろう事か闇に手を伸ばし血に狂う事を選んだ。
そして正気を失った自分は血を、肉を求め、救いに来てくれた彼さえも殺そうとしたんだ。
「…怖かっただろ……?狂った私は……恐ろしかっただろ……?正気を失い壊れた私は……でも、あれが私なんだ…あれが、私の本来の姿…本当の私の姿なんだ……」
涙を浮かべ立ち上がる彼女は悲しそうに言う。
彼女の心は悲鳴をあげていた。
闇に身を任せ血に狂い、コウガを襲った自分を許す事 ができず、どうすればいいのかも、何をしたらいいのかも分からず、その重圧に心は押し潰され助けを求める。
再び血に狂い自我を忘れ仲間を殺すのではないかと怖れ、彼女の心は崩壊しそうだった。
「…ねぇコウガ……お願いだから、私を殺して……」
コウガと向き合い両手を広げる彼女。
長い銀髪はサラサラと風に靡き、悲しそうに潤んだ真紅の瞳からは一滴の涙が零れ落ちる。
色白の肌は緋色に染まり、夕日を背に立つ彼女のその姿は見とれるように美しく、地上に舞い降りた天使のように綺麗だった。

