凉太が亡くなったときに、かりんが私のそばにいなかったら、私はどうなっていたのだろうか、と思う。
かりんのこと、かりんのことをしなければ!という思いと、淡々とかりんの世話を今までと同じようにしていたから、私の感情などを、凉太のことでいっぱいにすることがなかった。
私は感情をなくした。
でも、それは救われたということでもある。
感情をなくしても、恐怖は襲ってくる。
凉太がいない?凉太が死んだ?
そんなことを一日中思っていたなら、精神は崩壊する。
恐怖が襲ってくると、かりんを抱きしめる。そして発作が収まるのを待つのだ。
それは毎日毎日襲ってくる。
かりんが私を支えてくれた。
この駄目な母を。


