私の宣言に、ポカンと馬鹿みたいに口を開けること数秒。
どれだけ口あけてんねやろ。虫がはいるで?
まじまじとルートを眺めていると、一瞬で笑顔になる。
「それって....!っ、ありがとうございます!ナナミさんっ‼」
「うわっちょ、抱きつかんといて!」


うふふうふうふふふと喜んでいるルートに、おもわず平手を放った。




「おぶっ」
「いい加減にしぃや、この変態」

今日二度目のガーンっていう音が聞こえた気がした。




「へ、変態って..変態って言われた....」
「いきなり抱きつくからやろ。誰でも拒否るわ。」

いちいち打たれ弱い魔王様やな。
私の生活任せて大丈夫なんやろか?
....その前にこの人面倒くさい。
判断を誤ったかもしれん。
深々とため息をついて、冷めたハーブティーを流し込む。ほんのり甘く、香りが香ばしくて美味しい。
すぐになくなってしまうのが惜しくてチビチビ飲んだ。
お茶がなくなる頃、立ち直ったルートが、突っ伏していた身体をようやく起こした。


「ナナミさん、これから魔族が生活している場所へ案内します。」
「え、生活って...あの荒野にでて魔族探し回るん?」
「ナナミさんがどんな想像してるのかわかりませんが....魔族も人間と変わらず、集団で生活しているんですよ。それにナナミさんが最初に見た荒野は、この島の半分だけです。これから行くのはもう半分の方です。」
「半分?」
「ええ。この島は、山によって大陸側とその後ろで2分されています。ですから大陸側を正面にして、対人間用に山を削って魔王城を作ったんです。いかにもっていう城があって、そこに僕がいたらそれ以上の侵攻はされにくいでしょう?
大事な民は安全のために、城の後ろ側にあたる島の半分を生活スペースにしています。僕も普段はそちらで生活しているんですよ。」
ルートの説明を聞きながら、そういうことかと納得する。
だって、この城に入ってからというものほかの人に会ってない。こんなに立派な城なら召使なりなんなりがたくさんいるもんやん?ここを戦場にするという前提があって、しかも民を傷つけ略奪を防ぐための囮だから、ここまで閑散としとるんか。


「僕もちょっと着替えないといけないので、少し待ってくださいね」

一言いうや否や、がばっ!っと服に手をかけるルート。
声にならない悲鳴を上げて急いで後ろを向く。
くすくすと笑い声が聞こえて大丈夫ですよという声に恐る恐る後ろを振り返ると、禍々しいカラスマント(マントだったんだ...)の下には意外にもドラ○エの村人Aの格好だった。



「うわ、頭うきすぎやろ。」
「はははっ、ナナミさんはストレートですねぇ。今から元に戻すんですよ」



戻す?
意味がわからず首を傾げると、いたずらっぽく笑ったルートの髪が淡い光を帯びてふわりと浮き上がる。
ホタルがたくさん集まったような、優しい光がルートの髪を下から消していく。
消えたルートの髪からさらに違う色の光があらわれては消えを繰り返す。その色とりどりの光に思わず見惚れてしまう。
最後の光が消えると、ルートの髪はすっかり短くなって色はハニーブラウンになっている。
真っ黒だった瞳は濃いアメジスト。切りそろえられていた前髪は、少し長めの前髪になっていて色っぽい。




「これが、僕の本当の姿です。驚きました?」
「…うん、びっくりしたっていうか…魔法ってめっちゃ綺麗なんやなぁ。」


ルートは大きく目を見開いて、まいったなぁと笑った。

初めて見た魔法の光は思った以上に美しく幻想的で、私の心を大きく揺さぶるには十分やった。
――――少しだけこの世界が好きになれそう。





「ずいぶん気に入っていただけたようですね...なんならもう一度お見せしましょうか?」

苦笑交じりに言葉をかけられて、現実に引き戻される。
余韻に浸って、少しぼーっとしとった。危ない危ない。
机越しに見慣れない魔王様が困ったように微笑んでいて、慌てて視線を逸らす。さっきは人間離れした姿だったから何とも思わんかったけど、人間っぽくて尚且つモデル並みに顔が綺麗やと…



なんの拷問や!美形属性の免疫なんか持ち合わせないし!



「魔法はまた今度でええわ....」

恥ずかしいっていう、内心の葛藤は意地でも見せへんで!
自分の感情は思ったように出すタイプの私やけど、こういうのは出してまうと収拾がつかへんようになってしまう。ここはなにがなんでも冷静に!
「…ええ、わかりました。ナナミさんにならいつでもお見せしますので。ではいきましょうか」

ルートが笑いをこらえている風に見えるのはきっと気のせいや。
バレバレでも貫き通します!


部屋をでて、階段を使ってひたすら下へ下へとむかっていく。
エントランス?を横切って大きな扉をくぐる。

あれ?こんな大きい扉やのに全然気づかんかったで?

扉の先には下に下っていく階段があらわれる。また下るんか。
次第に冷んやりとしていく空気。どこからか漏れ出している水が、石を打ち付ける音が響く。
通路にはたぶん魔法の灯りが等間隔に並んでいるけど、少し先は薄い暗闇が広がっている。はっきりいって、バイ●ハザードっぽい。
ホラーとか…ホラーとか…無理無理無理ッ!




「な、なあ、まだなん?」
「もうちょっとですよ。足元気をつけてくださいね。」


だいぶ、いや、かなり歩いたで?
気持ちか?気持ちの問題なんか?
まさか、実はついてったらあかんとこについて行ってるんやろか...?

こんなところをずっと歩いていると正直気が滅入る。しかも、この通路は整備されているようやけど、所々水が漏れだしていて滑りやすい。
慎重に歩かなあかんから、普通に歩くよりも神経を使って疲労感倍増し。
暗いの怖いし。
よって昼食を食いっぱぐれているこちらとしては、腹減り度マックスです。






「ほら、ナナミさん!外が見えましたよ!」
「やっと外…!」

にこやかに指差すルートが憎たらしい。
が、確かに出口の光が向こう側に見えている。


「ここから出たら、絶対冷麺食べるからな!」
「なんというか…ナナミさんは適応能力が高すぎです…。
でも、まぁ急ぎましょうか、ナナミさん。」

言うや否や、手をとられて引っ張るように走り始めた。


「う、わあっ!ちょっ、ルート!こける!こけるってぇぇぇぇっ‼︎」
「こけたら僕がお姫様抱っこしてあげますよー。」
「........絶ッッッッ対こけるかっ!」


こけてたまるか!


何が楽しいのか、ルートはお構いなしに笑いながら出口まで駆けていく。


ああもうこれ絶対冷麺の具、グチャグチャになってしもうてる....
ちらっと自分の握っているコンビニの袋を見れば、容器が縦になって無残にシェイクされていた。


ぐちゃってる食べ物を食べるのは、微妙な気持ちになるって知ってるか?



「...っまぶし..!」

いつの間にか出口から出たようで、暗闇に慣れた目に強い光が視界を真っ白にそめた。








「ようこそ!僕たちの住処へ‼︎」
弾んだルートの声が聞こえて、ゆっくり目を開くとそこには意外にも一面の草原。


「…え?」


魔王城の入り口の荒野とあまりのギャップにぽかん、と周囲を見渡す。
前方には町と呼ぶには少し小さな村があって、丘になっているここからは村の全体がよく見えた。吹いている風は荒野の狂ったような、害意に満ちた風ではなく、優しく包み込むような風が吹いていく。…これが、魔王が治める土地?


なんかRPGに出てきそうな村やな。
っていうか、こんな....のどかな村やなんて....
城がおどろおどろしいのはなんやねん。



「あの村はカリムといいます。ここは、万が一に備えて魔族の中でも戦闘能力に長けた者が集う村です。まあ、ここが唯一の住処への入り口になっていますから念のため。」


ルートはニコニコしながら説明してくれた。
ニコニコしとるけど、のどかな村と見せかけて油断した敵を猛者に仕留めさせる戦略か。
まぁ、国を守ろうと思ったら当たり前のことやけどさ。…そんなことを部外者の私が聞いてもええんか。大丈夫か魔王。

「あそこに風車があるでしょう?あれで地下からの水をくみ上げて生活用水として使用しています。たいていこの魔国においては、風車守がその土地を取り締まるものとなっていますから、もし困ったことがあれば風車に行けば何とかなります。」

ルートが指差した方向に目を移せば、風車がゆったりと回っているのが見えた。
ええやん。気持ちが穏やかになるわぁ。


「困ったことって…たとえば?」

「場所によっては魔族も違うので、できることは微妙に変わってきますが…日常生活の困ったことはしてくれますよ。
子守とか、多少の怪我や病にも対応してくれますし、生活用品の修理や身近な人には相談できないヒミツにも相談に乗ってくれます。」

「え、幅ありすぎやろ。最後のヒミツって気になる。」

「ヒミツはヒミツですよ、ナナミさん。
人には知られたくないことが二つや三つや五つくらいあるでしょう?
だから、根掘り葉掘り詮索しちゃダメですよぅ。」

めっ!と、可愛らしく言われて青筋ものやけど、ルートの言葉にツッコミ所がありすぎて怒ればいいのかツッコミんだ方がええんかわからへんようになった。
私はそこまで器用ちゃうわ!
取り敢えず、人に言えないことが五つってかなり後ろめたい気持ちをかかえこどるんやないか。

「ようは...何でも屋さんって思ってたらええん?」

「まぁ、そんなところです。
ですが、魔族にとって風車守は栄誉ある役割なんですよ。必然的に村のリーダーのような存在になりますし、風車は僕たちにとって生きていくための生命線ですから。日頃の手入れはもちろん有事の際は、村を放棄しない限り他の何よりも死守することが彼らの役割。
村の中でも、皆が信頼できるものが推薦されて風車守に選ばれるんです。」

「へぇ、魔族って意外に民主主義なんや。やりたい放題かと思ってたわ。」

真面目に生活してるんやなぁ。
かなりビックリ。
でも、風車にそこまで重きを置くってことは、水があまり多くないんかな?
周りは見渡す限りの草原。…水が不足してるっていう風景じゃないよな。
でも、魔王城の入り口で見たのは荒れ果てた大地で、植物なんて見いひんかった。
少し移動しただけで…いや、かなり歩いたけどー。風景違いすぎやん?


「なぁ、さっき見た外よりかなりのどかな風景やけど?」

素直に疑問を口にすれば、ルートは心得たようにうなずく。

「この島は、魔王城があった山で二分されています。本来のこの島は、生物が生きていける環境ではありませんでした。ですから、歴代の魔王は魔王城側はこの島本来の環境のままにしておき、島のもう半分に魔力を注いで私たちが生きていけるように環境を整えているのです。

「島全部じゃなくて?」
「いくら魔王と言えど、島全体を維持し続けるのは疲れるんですよ。」
「ふーん、魔王様も万能じゃないんやな。」
だからむこう側の荒れようとこっちは全然違うんか。
ちゃんと魔物?達も生きられるような空間が魔王によって造られる。
.....魔王様のイメージが全然違うねんけど。