唇、左頬、左の首筋、左の鎖骨、左肩、左の二の腕から左手首、そして両手首を掴んだら、こんどは腕をずっと戻って、胸の真ん中から下へ向かって行く。両手は今度は腰を掴むから、自由になった両手で森川の頭を押さえる。

同じ手順で、同じ強さと同じ柔らかさで、同じ息遣いで穴瀬を抱く男。

たとえば一人の夜に目を瞑ったら何もかも間違いなく再生できるほど覚えている愛撫。心は飽き飽きしているのに、その舌がその手が彼の体を這い回る時、穴瀬はそのたびに同じように声を上げる。もしかしたら、その声の上げ方も、声の大きさや高さや、掠れ方なんかも、いつも同じなのかもしれない。

森川はいい男だと思う。でも彼を好きなのかと訊かれたらよく分からない。穴瀬がまだ大学生の時に友達の先輩として紹介されて、二人で逢うことが多くなって、ある時からこんな関係になった。穴瀬を抱く夜、森川はいつも情熱的だ。そう、同じ手順で、同じ熱さで、彼を抱く。森川のその数時間の情熱、森川は自分に夢中だと思うその数時間が、穴瀬をこの夜に拘束する。森川は何事に対しても、その時やるべきことに使うべきエネルギーを費やす男だ。そして、仕事が好きな森川にはよくありがちな恋人の独占欲や嫉妬がない。穴瀬にはそれが心地よかった。

声変わりして、背が伸びて、思春期が過ぎた頃から、穴瀬の周りが少しずつ変わり始めた。男も、女も、穴瀬がちょっと笑顔を見せてちょっと優しくしたりするだけで、穴瀬を自分のものにしようとする。あるいは、ちょっとばかり一緒にいるだけでもう自分のものになったと勘違いするような輩。心底嫌いだ。友情も、恋愛も、面倒くさい。自分は誰のものでもない。誰のものにもならない。


森川の喘ぐ声の間隔が短くなって、絶え絶えになる森川のその声が穴瀬を掻き立てる。森川が力尽きる瞬間、そう、いつものように、穴瀬の体の中心から一息に突き抜けていく何かが彼の後頭部をじーんと打った。この瞬間、自分は、自分のものですらない、と思う。