「ッんん・・・もうっ!!しつっこい!!!!!」

執拗に求めてくる石岡をやっとの思いで自分の体から引き剥がして、重たい体を無理矢理起こした。疲労に任せて横たわっていたら、いつまでだってこの男は自分を離しはしない。石岡に応えることができない自分の淡白さを年齢のせいにして、穴瀬は片腕に引っかかったままのしわくちゃのシャツを羽織った。

「なんで?当たり前でしょう?」

(当たり前じゃない)

「もっと知りたい。穴瀬さんのこと、もっと。」

「十分知ってるじゃないか。これ以上何を知りたいの?」

「カラダ中にキスしないでどこがいいかなんて、どうやったら知り尽くせるの?」

「はあ?何言ってんだよ。そんなの、大体分かるでしょ?それともそんなことも分かんないなら、誰かを抱いたりするのなんかやめなよ」

「大体、じゃなくて、全部知りたいの。俺は。」

「バカみたい。」

人間は全部を知り尽くせるほど簡単にできているのか?いや、あるいは、人間なんて単純すぎて、この歳になればある程度のことなんて分かりすぎているくらいだ。そんなことをいちいち説明するのも面倒くさい。穴瀬はワイシャツの前を肌蹴たままシャワーへ向かう。

「ちょっ・・・と・・・!!穴瀬さんっ!!」


あの夜面倒がやってきてから2ヶ月が過ぎた。朝、昼、晩、一日3回は掛かってくる電話。土日が休みの石岡と稼ぎ時の穴瀬の休みが合わないのは穴瀬に取っては幸いと言えるほどだった。客足が増えて残業が多くなるのに、土日の夜のどちらかはあるいは二日とも穴瀬に会いに来る。月曜日の夜、できるだけ仕事を早く終わらせて会いに来る事もあった。穴瀬にしては十分サービスがいい方なのに、何がまだ足りないというのか、不満を募らせる石岡はそれを隠そうという気もないらしかった。

シフトによっては週末に休みになることもあった。それに合わせて朝早くからデートした一日はせいぜい夕ご飯を食べて解放かと思ったら続きがあった。穴瀬はだれかとこんなにまで一日中一緒にいたことなど家族以外にはいない。不満というよりも疑問が先に立ってしまってズルズルとこんな時間になってしまった。

今日一日分の疲れがじわじわと湧き出すのに、この上自分を束縛して当然のように振舞う石岡が心底面倒くさい、と思った。これだから厭だったのだと後悔の念が湧き上がる。

(もう・・・本当に面倒くさい)

熱めのシャワーを頭から掛けながら穴瀬は歯軋りをするような気持ちだった。

こんなはずじゃなかったのに、と思う。自分にはやはり何か生まれつき足りないものがあるのではないだろうか。なぜ誰もが恋をして、たった一秒をも惜しみながら二人きりでいたいと思う気持ちを募らせていくのに、自分だけはなにもかも面倒くさくなってしまうのだろうか。

その時、シャワー室のドアをコツンと叩く音がする。

「穴瀬さん、ごめん。」

シャワー室の曇りガラスに石岡の黒い頭と握り拳が見える。裸体にボクサーブリーフだけを履いてきたのかうっすらとシルエットになった石岡がうな垂れているのが分かった。

(悪いのは俺なのに)

石岡は、悪くない。穴瀬は動きを止めて曇りガラスの向こう側にいる石岡を見ていた。

「焦りすぎてるよね、俺。ごめん。嫌な思いさせて」

(悪いのは俺なのに)

穴瀬はシャワーをフックから下ろし、曇りガラスに向けてざーっと掛ける。驚いた石岡が少しドアから離れたのを見計らってドアを開けてできるだけ穏やかな笑顔を作った。

「一緒に入る?」

石岡は一瞬目を瞠って、少年のように笑う。ゴールを決めたサッカー少年のような爽やかさだった。穴瀬はこんな石岡が好きだ。そして、なぜかとても寂しい。