彼らは闇に生きる種族。
 夜の闇に溶ける孤城の奥深く、幻想郷の主は目覚める…――。

「…ニンゲンの気配が…」

 月より輝く銀の髪。
 血よりも赤い緋の瞳。
 雪より冷たい白い肌。
 あまりに幻想的なその姿は、この地に誰より相応しい…――。

「…セレスティーヌ…?」

 か細く暗い、地を這うような声が、小さな部屋に響く。
 ゆっくりと気だるげに、その体を起こしたのは、この世のものとは思えないほど、美しい青年。

「…おいで…、セレスティーヌ」

 小さく、血に濡れた唇を震わせるその姿は、まさしく…――。

「…お兄様」

 闇に光るは銀の髪。
 水のように波打つ長い髪を、少女は、紺のリボンで二つに結っていた。
 ‘お兄様’と呼ばれた青年に向かって歩く度、彼女と共に揺れる真っ白なシルクのレースとフリル。
 漆黒のビロードのドレスに身を包み、少女は腰を折った。

「…お兄様、ご機嫌麗しゅう」
「ああ…、良い目覚めだよ、セレスティーヌ…」

 ――青年の名を、レオンという。
 とうに滅ぼされたはずの種族、吸血鬼の生き残り。
 彼に遺されたのは、今は小さいこの美しい幻想の郷と、誰も欲することのなかった主の座。
 そして…――。

「今日は何を致しましょう?」

 ――この、セレスティーヌだった。

「紅茶を一杯、淹れておくれ」
「はい、お兄様」

 なぜならセレスティーヌは、彼らにとって、守り抜かなくてはならない特別な存在だったのだから。

「………」

 ところで、レオンが吸血鬼たちの頂点に君臨したのにはそれなりの理由がある。
 一つは、彼が幼くもなく、また老いすぎている訳でもなかったこと。
 一つは、彼の吸血鬼としての力が、誰よりも強かったこと。
 そして最後に…――。

「お兄様、お茶が入りました」

 ――誰よりも、セレスティーヌへの執着が強かったこと。
 セレスティーヌを守り抜くと誓った、唯一の存在だったのだから。

「…セレスティーヌ」
「はい、お兄様」
「…今日は…、一段と楽しそうじゃないか」
「…そうでしょうか」

 それ故に、レオンはセレスティーヌの小さな変化を見逃さない。
 気味が悪いほど観察眼の冴え渡るレイシスの力は、時に世界を揺るがす。

「何か、…楽しいことでも?」
「…いいえ。
 いいえ、お兄様。
 今日もこの世界は、この地は、真っ赤な呪いの霧に包まれていました」
「…そう」

 レオンが頷いた瞬間、セレスティーヌの緊張が緩んだ。
 彼はそれを見逃さない。
 故に、レオンは‘監視者’たり得るのだから…――。