13.

髪の毛の先から足のつま先まで知っている女がヴァージンロードを歩いてくる。一歩、一歩、赤い絨毯が血の海のように見える。眩暈がするような赤。彼女の真っ白なドレスが、揺れながら次第にはっきりと大きく迫ってくる。

もう、後戻りが出来ない。

俺は、人の夫になります。

結婚、って何なんだろう。
どうして俺は結婚しようなんて思ったんだろう。
年老いていく両親や家庭を築いていく友人達の中にいて、結婚することがこの人生でとても大事な事のように思えた。ひとつ、責任を果たすような気がした。だけど、こんな義務感みたいな結婚なんてどこかオカシイだろ?って思う自分がいる。

だけど、結婚するならこいつだと思った。こいつならいいな、と思う相手がいて、きっとこうやってずっと続けていくんだろうな、と思えたら、それが結婚の相手なんじゃないのか?これで、合ってるよな?何度も何度も自分に訊いてみるけど、いつも答えがでない。そして、答えが出ないまま、俺は人の夫になる。

よく知っている体温。彼女がいてくれたら、俺はきっと上手くできるだろう。自分を偽り続けることに慣れて、どれが本当なのか分からなくなるくらいまでこいつと生活を共にして、いつか、こんなに迷い続けた自分を思い出すのだろうか?

そうだ、これは血の海ではない。血の橋だ。この橋を渡って普通の32歳の男という道へ行くのだ。32年間悩み続けた自分の生き方に決別する。何もかも諦めてただの普通の男になる。「夫」という言葉がそれを裏づけしてくれるのだ。

明るい未来、と人は呼ぶのだろう。血の橋の向こう側に開いた扉が眩しい光を抱いて「さぁ、来るのだ」と手招きする。そうだ、これでいい。もう、何も考えなくていい。失いたくないなら、求めなければいい。この橋を渡って、その道を歩き始めたらもう、求める権利もなくなるのだから。

もう、恋をしない。
そうだよ、もう、出来ない。

諦めることを選んだ自分。
いつか、少しずつでいいから、想い続けた気持ちを確かな友情に変えていけますように。
止まり続けることができないこの人生で、せめてあなたの後姿を、せめてあなたの横顔を、そして、あなたの視線に入ることのないファインダーの外側でも、不埒な想いを抱えずにあなたを見守り続ける一瞬を積み重ねてこの道の先へといけますように。

祈りながら、赤い血の橋を渡る。