■フツウ



「沈んだみたいですよ」

背後で誰かが笑った。女は振り向く。逆光で黒く塗り潰された、男の顔がそこにある。長い首を左右に揺らしながら、男はそこに立っている。

「何が」言いたいのだ、お前は。

問い掛けると跳ね返ってくる音。
「蝉は牛乳を食べましたか」

ひしゃげた廊下。薄暗い蛍光灯。脈絡の無さに夢の中かとも思うが、現実だって大概だった。


「ヴァイオリンなら死んだわよ」

そう返せば、彼は満足したように微笑んだ。否、表情何ぞわかるはずもなかったが、きっとそうなのだと女は決めつけて、当然の如く笑い返した。

げらげら、酷く面白い世界。

夕暮れは重く、不思議な色をしている。