藍よりも深く

「な、おと?」

不思議そうにまことが直人に声をかけたが、直人からの反応はない。

しばらくふたりの間に沈黙が流れたが、店内から聞こえた裕子さんの声でその沈黙は破られた。

『高橋様、本日はありがとうございました。マリッジリングとお揃いのベビーリング、素敵に仕上がってよかったですね。またのご来店、心よりお待ちしております。』

裕子さんの声と一緒に現れたのは、お腹が大きな小柄な女性。

そして、その女性が直人に言ったのだ。

『あなた、これからどうする?今日はお仕事に戻らなくてもいいのよね?それだったらデパートにいきたいわ。』

あなた?そう聞こえたよね?
今、直人の横に妊婦がいて、まるで夫婦のように振舞っている。
信じたくない状況がそこにはあったが、驚きすぎて声も出せなかった。

直人はその女性が出てきてからこちらを見ることもなく、もちろんなにも言うこともなく、ふたりは手を繋いでまことの横を通り過ぎて行った。

お見送りを終えた裕子さんに、
『まこちゃん、おつかれさま。早かったね。』
と声をかけられたが、挨拶を返すことはできなかった。

『もしかして、まこちゃんも具合悪い?無理させちゃったかな、ごめんなさいね。』

「いえ。大丈夫ですよ。ちょっと走ってきちゃったんで、息を整えてただけです。おつかれさまです。」

『そう、ならよかったわ。』


そんなときでも笑顔を作れたのは、本店での厳しい指導があったからだ。

なにがあっても、お客様の前では笑顔、そのスタッフとしての心構えが、まことの感情を殺し、笑顔を作らせた。