「わたしは、彼の声が聞けて、嬉しかったのかもしれない。――離れること、仕方ないって、これでよかったんだって、自分に言い聞かせてきたけれど、やっぱりね、わたしにとっては今までずっと一緒に過ごしていろんな面を見せ合ってきた、ただ一人の人だから」

「――」


こういう時に何を言葉にすればいいのだろう。

心臓から突き上げるように血液と一緒に送り出されてきている言葉が、喉で絡まっている。

俺は俯いたまま唇を硬く閉じ、奥歯を噛み締めながら何かをじっと耐えていた。

全身を覆う得体の知れない何かを、耐えていた。


「そう思いながらも、恭に会えること楽しみにしてた。恭が慕ってくれているって自惚れて、そのことで失いかけてた自分の存在価値を保っていたと思う。だから――だからわたしはずるいの」

「それだけ?」


俺の問いに綾の瞳の奥が左右に揺れているような気がした。