「嫌な思いをさせてしまった?」
「ううん。きっと誰が悪いわけでもないことだから。でも――」
「でも?」
綾は視線を俺に向けて口を開きかけたが躊躇して、また俯いた。
「なに?」
「ちょっと思い出しただけ。なんでもないよ。それより恭は明日仕事でしょう? もう帰ろうか」
視線を戻して微笑まれてしまって、その微笑みがなにを思い出したのかまでは語りたくないのだという綾の意思のように見えた。
俺はそれ以上訊くのをやめた。
綾にとっての思い出と似たことが、俺の前で現在進行形だということを無言のままで告げられたような気がしていたからだ。