「……何であいつに」

陽の脳裏を過る白瀬は真っ赤な瞳に憎悪を宿し、今にも人間を滅ぼさんとするかのような形相をした鬼だった。──まさに、般若。

それが陽が最後に見た白瀬知羽の姿だった。

「白瀬様と話をします」

そう言う、早雪にも見覚えがあった。しかしそれは、早雪ではなく、花雪の姿だ。

骸を見詰め、涙を流しながら、白瀬と話すと言って聞かなかった。しかし、陽──景が制したのだ。

今は白瀬と会うべきではない。そう判断したのだが、それが仇と成した。

「俺はまだ、白瀬様とは会っていない」

陽は小さく答えた。白瀬は確実に此処にいるのだろうが、まだその姿を見ていなかった。

転生とは違う者。総てをその目に映してきた者。その者と会うのには恐れを感じた。

まさに、その場にいた者なのだ。そして、長い年月を越してきた者。

「誰か、誰か鬼はいないのですかっ」

早雪は突如、大きな声を出した。その姿は陽の知る早雪ではなく、花雪のものだった。

頭が混乱する。

早雪は何度も転生し、その記憶を総て宿している。陽達よりずっと、様々な経験をしてきているのだ。

けれど早雪は今までその様子を見せたことは微塵もなかった。陽と同じように、過去の記憶を持つだけの、等身大の少女だと思っていた。

しかし、そうではなかったのだ。

「いますよ」

そう言って姿を現したのは緋川だった。少々煩わしそうに眉をしかめ、障子を開けた緋川はまるで値踏みでもするように早雪を見た。

「貴女が、花神姫なのですね」
「そうです。今はもう、その役目もありませんが」

早雪は言いながらすらりと立ち上がった。

真っ直ぐに伸びたその背には気品を感じさせる。只の人間ではない。立ち振舞いだけで、それを感じさせるものだった。