「クルーザーも運転出来るんだ。ホストとしても必要な資格だからと勧めてくれた人がいたんだよ」

アイツは照れくさそうに笑っていた。




 アイツの乗って行った船の姿が岸壁から見えた時、思わず手を振った。


(やっと帰って来てくれた)
安堵の胸を撫で下ろす。
それと同時に言い知れない不安が心に広がる。
私はこれから先ずっと、このようにしてアイツの帰りを待ちわびることだろう。

それは漁師に嫁いだ女性達の宿命だと思った。


(出港の度に母もきっと気を揉んで……、ハラハラしながら父を待ちわびたのかな?)

私はその時、美魔女社長と母を比べたことを申し訳ないと思った。


まだまだ若い母に刻まれた皺。
その一つ一つが愛そのものだと感じていた。


(たとえアイツの父親と昔恋人同士だったとしても、やはり母は父を愛していたのだろう。そうでもなきゃ、お祖母ちゃんがあんなに母を可愛がるはずはない)

私はそう思った。




 急いで港へ行くと、アイツの乗って行った船が縁に繋がれるところだった。


大漁とは言えない。
それでもアイツは目をかがやかせていた。


そんな活気溢れる漁港にはまがけのトラックがやって来た。


はまがけとは、市場に出荷する魚以外を買い付けに来る業者のことだ。


一度の出港で七、八回底引き網漁は行われる。

一時間ほど流して引き上げ、別の網を入れる。
又一時間ほど流している間に、前の網にかかった獲物を仕分けしていくのだ。

そうやって交代させながら、次々と作業していく訳だ。

だから港に着いた時は、キチンと魚別に区別されている訳だ。




 初成果の鮃は、母の手でお造りになった。
私は母と二人で、初めて漁に出たアイツへの祝いの席を用意したのだ。

研修としてではなく、正式な乗組員になったからだった。


「こんなに美味しい刺し身は初めてだ」

アイツはそう言いながら泣いていた。

ホントかなと思う。
アイツは歌舞伎町のホストだったのだ。きっとお客様と一緒に高級料亭にも行っただろうに……
と――。




 体は疲れ切っているはずだった。
それでもアイツは卒業論文を仕上げるために頑張っていた。


テーマは日本の未来だった。

TPPによる安価な食料輸入によりもたらせられる様々問題を取り上げていた。