明治神宮参拝や、アイツが暮らしていたマンション回り。


どうやらそれらのことを地元の人達は、新婚旅行だと思っていたようだ。

だからすぐに仕事が始まってしまったのだった。


卒業論文を纏めなければいけない時期なのに……
アイツは断り切れずに漁船に乗り込んでしまったのだ。


あの日。
訪ねて行った美魔女社長のオフィスで初めて知ったアイツの事情。

卒業を目の前にして諦めるなんて、絶対にしてほしくなかったのに。




いつの間にか、地元の期待の星としてアイツは祭り上げられていた。
引っ張りだこのになっていたのだ。


どんな小さな会合でもイヤな顔一つ見せないで出席する。
だから次々とお呼びがかかるのだ。


私は怖い。
私の父とアイツの母の命を奪った海が怖い。

だから嬉しい半面、辛いんだ。


それでも、アイツは荒海の中を出港して行く。

私はただうろうろしながら帰港を待つだけしか出来なかった。


きっと母も父をこのようにして待ったのだろう。

私を見つめる母の瞳が何処か遠くて、潤んでいるように見えていた。




 午前四時。
港に人が集まって、昨日の漁の受け渡しが始まる。

冬は鮮度が落ちにくいから、一部の魚を船に置いておく場合もあるのだ。

その魚は女性達の手で市場で売られるフライなどに加工されるのだ。


本来は漁師の奥さんの仕事だ。
でも母は、この職場でも働いていた。


男達は漁船の上で出港の準備に余念がない。
漁の命である網の点検などだ。

この網は大まかに分けて三種類ある。
それぞれが二つ以上あり、交互に入れて成果に繋げる訳だ。


船尾にあるアームにこの網を取り付け、いよいよ出港となるのだ。


 底引き網漁は、小回りの利く小型の船舶で行う。

袋状の網を海底に下ろして引き、魚を追い込む漁だ。


船の重量は約五トン。
漁船を手に入れるためには、船舶の他に魚群探知機約なども必要で二千万円ほどかかるらしい。


私達が結婚した、クリスマスの日に手に入れた漁船はこれより小さい。

アイツは学生時代に、小型船舶の試験を受けて合格していると言っていた。
だから譲り受けられたのだ。


これがあると、四トン以下の漁船なら出港出来るからだ。

いくら漁師になりたいからと言っても、免許証のない人は乗れないのだ。