「本当に良かった。もし何があったらと気が気じゃなかった」
アイツはそう言いながら、私のジーンズの汚れを払ってくれた。




 新宿駅西口から少し行くとガードがあって、下を潜るとその先に歌舞伎町はあると言う。

だから何時もは、其処を通っているのだそうだ。

でも偶々今日は、反対側にあるにある店に寄ろうとしたのだそうだ。

その時兄貴を見つけて声を掛けたって訳だ。


私だって歌舞伎町の名前位知ってる。
でもまさか、新宿駅のすぐ近くにあったなんて知らずにいたのだ。




 兄貴が来るまでアイツは震える私の体を抱き締めてくれていた。


(ヤバい……こんなトコ兄貴に見られたら何言われるか)

そう思い、体を離そうとした瞬間。
髪から、服から良い香りが漂う。


(流石ホスト)

自分でもうっとりしているのが判る。

さっきまでの気持ちとはうらはらに、衣装までがかっこ良く思えていた。




 「ごめんごめん」
そう言いながら兄貴が転がるように入って来た。

見ると、兄貴の息は上がっていた。


ハァハァと肩で息をする兄貴の傍らで、アイツは優しそうな眼差しを私に向けてくれていた。




 やっと平常心に戻った兄貴は、監督の元へ歩み寄って行った。


「貴様、俺の妹に何てことしやがる!!」
でも兄貴は、まだ興奮していた。




 「監督が悪い!!」
誰かが叫んでいた。


「何故一緒に彼処に行かなかったの? 何故カメラマンを変えたの? 彼なら……、私と彼女の区別がついたはずよ」


その声は、怒りを通り越して呆れているように聞こえた。


(誰?)

涙で霞んだ目で良く見ると、兄貴の隣には私とそっくりな服装をした女性がいた。

私達が待ち合わせていた新宿東口駅前。
其処で監督達も待ち合わしていた。
それが騒動の発端だった。


兄貴はその手前で同郷の友人に話し掛けられた。

だから私が連れ去られて行くところを目撃したのだった。
友人は近くに止めてあったバイクで追跡。
兄貴は置いてきぼりの女優と撮影現場を目指したと言う訳だった。




 「良かったみさとちゃんが無事で」

アイツは私の名前を呼んでいる。

でも私は興奮していて気付かなかった。


「本当に馬鹿だな俺は」
アイツはそう言いながら今度は自分の服の汚れを払っていた。