私は結婚したことを内緒にして、最後の学生生活を満喫していた。

冷やかされたりするのは得意じゃないから。
でも本当は言いたくて堪らない。
だって自慢のお婿さんなんだもん。

男前だし、気っ風はいいし。
三拍子も四拍子も整っているから。


アイツは、漁港の仕事を覚えるために毎日精力的に働いていた。
蟹などの底引き網は何隻か組んで行うので、解禁になった時点で雇われるのだ。

でも、そのためには仕事の内容を把握しなければならない。
アイツは必死で手順を確認してくれていた。


それでも、私と約束した卒論も頑張っていた。
やはり卒業することは、アイツの父親も望んでいることだと思った。




 それでも、一番嬉しいのは私だ。
匂いを気にしなくても生きていけるから……
私の全てをアイツは理解してくれているからだ。

私の匂いは母の香り。
小さい頃から慣れ親しんできた故郷のフレグランスなのだから。

就職活動中、魚な匂いを指摘されて焦った。
私には、もう母の職場しか働ける場所が無いのかも知れないと思って。


でもアイツはその匂いが好きだと言ってくれる。
故郷を……
初めて恋をした頃の私を思い出すからと言って。


そうなんだ。
私はきっと小さな頃からこの匂いと付き合ってきた。
だから無頓着になっていたんだ。

ま、単なる言い訳にしかならないけど。


あの時の面接官と偶々校内で会った。
私に悪いことを言ったと誤ってくれた。
後で履歴書を見て、十七歳だと知ったんだって。

免許が無くて当たり前なんだと気が付いたそうだ。
これからは気を付けると言っていた。

今更気を付けても……
何て思ったが、後輩のためにはなったようだ。




 どんな小さな会合にも出席する。
注意されたことはアドバイスだと信じて、嫌な顔一つ見せない。

アイツは地域の人達との絆が欲しかったのだ。
私との生活をこの地で営むためにも。


アイツが何故そんなに本気なのか、正直解らなかった。
でも、それは私を愛してくれているからだと思いたかった。


歌舞伎町でホストをやっていれば、何不自由なく暮らせたのかも知れない。
でも欲望と陰謀の蠢く世界で暮らして行くには、相当の覚悟が必要なんだと知っている。

確かに以前に比べたら治安はよくなったらしいけどね。