長く深い一瞬が始まる予感。

そうなのだ。
今日は時間がない。
それでもこの一時に、アイツは自分の愛の全てを私に伝えようとしていた。


でも、だからこそ私は悪戯をする。
バスローブの下に洋服を着ていたのだ。

アイツの困った顔は見えない。
でもきっと目を輝かせているはずだ。
私はただ、アイツの指先を待っていた。


服が一枚ずつ剥がされていく。
その度に重なる肌が熱くなる。


項から背中にアイツはキスをする。
肌を滑る様な愛撫は私を震え立たせる。

姿が見えない分、私は感覚を研ぎ澄ます。

くすぐったいのは通り越して、快感に酔いしれる。


アイツの愛がやってくるまで、私は何度も身もだえた。

でも、アイツはそれを楽しんでいるようだった。

やはり、アイツは私の仕掛けた悪戯さえも楽しんでいたのだった。




 そして、ベッドの上にさっきの辛いと言う字を指で書き始めた。


「良いかい。この字に一を加えてごらん」

私はその横に辛と言う字を書いて上に一本棒を引いた。

それは……
幸と言う字だった。


「これって……」


「辛い時は支え合えば幸せになれる、ってことだよ。だからもっと頼っていいんだよ」

アイツは涙ぐみながらそう言った。


どちらともなく唇を求め合う。
そしてそれはもっと激しいキスに変わっていった。




 「みさとのお義母さんに幸せになってもらいたいな」
背中から回された手に力がこもる。
私はそっと振り向いた。

アイツは泣いていた。


「父は今、東南アジア諸国を回りながら技術者を育成しているんだ」


「え、東京じゃなかったのですか?」

そう……
私は東京にいるものだとばかり思っていた。


「心配すると思って、何も話さないで出向したんだよ。勿論俺も一緒に。でも俺は大学に行くために帰ってきたんだ」


「お義父様は凄い技術者だって聞きましたが、やはり……」


「ああ、だから一緒に行った俺はかなり優遇されていたんだ」


「あっ、もしかしたらさっきの寮って」


「うん、其処だった。どう言う訳か、男ばかりにもててさ……。だから本当にみさとが初体験なんだ」
アイツは頭を掻き掻きベッドの隅に座った。


何故アイツがそんなことを言い出したのかは解らない。
でもそれは思いやりの心で溢れていた。