徐々に湯がバスタブに貯まっていく。
その過程を楽しみながら、アイツの愛用していたシャンプーを手にした。

アイツの香りがする。
私は自分の行為に身悶えた。


愛してはいけない人を愛した私。
その重い十字架に押し潰されそうになる。
気が付くと私は泣いていた。

頬を伝わった涙が波紋のようにバスタブに広がった。


『お風呂が沸きました』
突然聞こえた音声に、私は思わずのけ反った。


「何やっているんだろ」
私は全身の写る鏡は向かって作り笑いをした。
でもその笑顔はひきつっていた。




 私の荷物は小さなボストンバック。
期間限定、冬休み就活。
そのつもりで送り出してくれた母親。
地元の港は冬のカニ漁が解禁になり賑わいを見せていた。
浜茹でしたカニが全国へ出荷される。

正月まで忙しくなる。
母は朝早くから働き詰めだった。

そんな中を私は出て来たのだ。


後ろめたさが、又涙になる。
親不孝を詫びながら、肩までお湯に浸った。


長湯したせいか、お湯が冷たくなっていた。


私は再び自動のボタンを押した。


『お湯はり致します』
モニターの声に私は慌てた。


「ヤバい! お湯が溢れる!!」
私は血相を変えて又そのボタンを押した。

モニターを良く見ると追い焚きの文字がある。
私は苦笑しながらそのボタンを押し、バスタブに体を沈めた。




 「ごめんなさい。連絡しないで突然来て」
私は其処に居ないアイツに誤った。


「相変わらず兄貴はきれい好きだね」
照れ隠しに言ってみる。
本当は認めたくなかったけど。

小さな鍵穴から中を覗いてみた。
アイツの部屋はベッド意外何もない。


「もしかしたら、引っ越しでもしたのかな?」

私は自分の言葉に愕然となる。

私はどうやら、アイツの二度と戻って来ないマンションへ来たのかもしれない。


「ねぇ、早く帰って来て。私を独りぼっちにしないでよ」

寂しさに耐えきれずくドアに向かって呟いた。


不安は大きな渦となり、あっという間私を飲み込んだ。

私は闇の中でアイツを求めてさ迷うしかないのかも知れない。