それでも怖い……
怖過ぎる。

橘遥さんが見せてくれたディスク。
もし満員電車の中であんな目にあわされたら、私はきっとパニック障害を起こすに決まっている。

知らなかった。
東京で普通に生活するにも勇気がいることを。
大都会ならではの恐怖。


満員電車内での痴漢やスリや通り魔的犯罪。

考えれば考えるほど恐ろしい。
それでも私は明日も会場に行って就活しなければならない。

持って帰ってしまった名札を返すためにも。

たったそれだけのために恐怖心と戦わなければならない。

過呼吸症候群と向かい合わなければならない。

橘遥さんの言ってた女性専用車両があればいいのだけど。

本当にあるかどうかは不馴れな私に判るはずはなかった。




 そんなことを考えながら歩いていると、何処か記憶に残る懐かしい場所に辿り着いた。
其処はアイツのマンションの近くだった。

あのハロウィンの日に、アイツのバイクに乗せてもらって見た景色だった。

私は知らないういにアイツの影を探していたのだ。




 私の手にある合鍵は、もう一人の兄貴が別れ際に渡してくれた物だった。


『此処で良かったら、何時でもおいで』
そう言ってくれた。

それでも躊躇していた。


(もしかしたら女の人が中にいたら?)

そんなことも考えていた。


――ガチャ!

その音にビクッとする。
慌ててドアノブに手をあてた。

相変わらず、整理された部屋。
モデルルームのようで生活感がまるでない。


それは女性っ気がまるでないと思えた。
それとも徹底的に掃除をさせているのだろうか?

私はその両極端な考えに戸惑っていた。




 ガラス張りのバスルームに入り、バスタブを磨いた後自動と書いたスイッチを押す。


『お湯張りをします』
機械的な音声。
それにも反応する。


気が付くと肩が上がっていた。
私は相当びくついていたようだ。
誰かに見られているような感覚は、あのガラス張りの入り口のせいなのかも知れない。


アイツが此処にいてくれたら、そんな思いが炸裂した時。

其処に幻影を見せたのだ。

アイツに惑わされていることに気付いているけど。

何故か嬉しい。
又このバスルームに入れたことが。
アイツのマンションに居られることが。