梅林賀琉

こんなあり得ないほど大きな音が出たにも関わらず、これがまたおとぎの世界なのだろう。少なくともぼくの体および耳にはなんの異常も来さなかった。



「ビブラートが利いているね、あんちゃん」



ちなみにこの時、墨を吐いた蛸は福山雅治張りの声で呟いたのを覚えている。



その後はおそらくぼくよりもビブラートの利いた声で熱唱しながら、去っていったような気がする。しかし、何を歌っていたのかはわからず、墨だらけでべちょべちょになったぼくに対してそのことを謝りもせず、すうと去っていってしまった。



ぼくはこの蛸をマリアナ海溝の底に沈めてしまいたくなった。



こんなものだからせっかく岩影に隠れたぼくは海亀に見つかってしまった。まぁ、いずれにせよ何だかんだいってこの海亀は目敏くぼくを見つけ出すに違いなかったであろう。



ぼくは先手がとられるのがいやな性分、「何だよ、海亀」と言ってやった。



すると、それに対して、なぜか海亀は続きを促してきた。



「はい、その続きは」



(何だ、こいつ得意気な顔しやがって)と思いながらも、仕方なくぼくは応えた。



「宵の明星を観に行くんじゃなかったのか」



すると、海亀はスルメイカのような干からびた顔をして、さらに口を窄めて見せた。



その時、ぼくはこの海亀は何かを示しているんだということに気づいていた。しかし、一向に答えを見出だせず、「もう、降参だ」