「もしかして……泣いた? 何かあったの?」


その日、夜遅く帰ってきた彼を心配させるほどに私は泣いた。



『彼のためです』



事務所の人の言葉が頭をよぎる。


大丈夫、分かってるから。
だから私は嘘をつく。


「りょうのドラマを見て感動しちゃったの!」


そう言って笑えば、彼は嬉しそうに私を抱きしめた。


「もっともっと、葵(あおい)を笑顔にしてみせるから」


それは彼の口癖。


いつだってあなたが、あなただけが、私に笑顔をくれた。


彼の腕の中、泣きそうになるのを必死でこらえた。


彼に知られてはいけない。


優しい彼は、言えばきっと何とかしてくれるだろう。


でも、それではいけない。


損な役回りは、私だけでいい。