茉実が店の女主人と言葉を交わすことはあまりなかった。茉実がこの店に勉強をしにきているので、彼女は茉実をそっとしておいてくれているのだろう。コーヒー一杯しか注文してないのに長いこと粘らせてくれる。
 でも、茉実はカウンターで女主人と歓談する常連が密かにうらやましかった。大学に友達がいないので、誰か言葉を交わす相手が欲しいのだ。大学教授から指導を受けることと、週末に母親と長距離電話をすることぐらいしかコミュニケーションがない。

 ある時、店が空いている時に、茉実は思い切って女主人に話し掛けてみた。彼女がピッチャーを持ってお冷を注ぎにきた時に声を掛けた。