夏は近いがまだ肌寒い。


宗治郎は家の門の外に出ると、大きくあくびをしてぶるりと身震いした。


やっぱり出るんではなかったと門を再びくぐろうとすると、わらじがこぎみよく土を踏む音がした。


「奥乃の若旦那」


幼なげな声に呼ばれて振り返れば、寒さでほっぺを赤くした千佳がにこにこと宗治郎の方に駆けてくる。


「おはよう、千佳。今朝は早いね」


頭を撫でてやればくすぐったそうに声をあげて笑う。


「若旦那もお早うございますね」


いつのまにこんなこまっしゃくれた話し方を覚えたのか。


「若旦那はよしとくれ。大店の後継でもあるまいに。宗治郎で十分だ」


「おっ父がそう呼べって。宗治郎さんは次の旦那さまになられるんだから」


なぜか得意げな様子の千佳がおかしいやらなんやらで宗治郎はもう一度千佳の頭を撫でた。


にこにこと可愛いらしいこの子は里の百姓の娘であり、宗治郎の母がその手でとりあげた数多の子の一人でもある。


宗治郎の父はもともと商人の子であったが、若い時分に何を思ってか宗治郎の母と連れ添いこの里におりてきた。


父の実家は正真正銘の呉服商の大店で、気まぐれなのかはたまた子供可愛さなのか、金子はたんと持たせたくれたらしい。

そしてここに居着き屋敷を構え、今では里の者たちに多いに慕われている。


もちろん、慕われる所以あってのことである。


「で、今朝はどんな入り用だい」


「お竹が昨日の夜熱を出したの」


竹とは千佳の妹である。


「今朝も随分苦しそうで、おっ母がこれは奥乃さまの力をお借りしようって」


「おやまぁ、昨日の晩にくれば良かったものを。気遣わなくたっていいんだよ、使い勝手のいい便利屋くらいに思ってくれれば」


あきれた口調で言った後、宗治郎はすぐに千佳の家へと向かった。


子供の熱は油断がならない。


「宗治郎さん」


若旦那と呼ぶのはもう飽きたらしい。


するりと宗治郎の手の中に自分の小さな拳を滑り込ませてくる。


千佳は生まれた時身体が弱かった。


しかし、親の念も通じてか神のうちも通り過ぎ、今では元気なもんである。


今日も里は美しい。