「礼太」


夜の縁側、中庭の池の前に腰掛けていると声をかけられた。


振り向けばやはり華女がいる。


月の光に照らされたその相貌は青白く、いつにもまして儚げだった。


常に縁然とした笑みを浮かべている唇に色はなく、目に隠しきれていない疲労が見えた。


今日はなんとなく、ここにいれば華女が来るような気がした。


顔を合わせてどうしたいのかはわからなかったが、朝のままでは嫌だった。


「華女さん、朝はごめんなさい。あんな風に癇癪おこしてしまって」


礼太の口からするすると出てきたのは謝罪の言葉だった。


元から自分の胸に自責の念があったのか、疲れた華女の様子に突き動かされたのか。


自分でも判然としないままに口にした言葉は華女のやわらかな笑みに受けとめられた。


「あら、貴方が謝ることなんて一つもない。悪いのは私と廉姫。怒るのは当然のことよ。」


華女はいつものように礼太の隣に腰かけた。


ひんやりとした夜の空気を伝って、体温のぬくもりが伝わってくる。


「兄さんの双子の姉さんの話、聞いたかしら」


「はい、華女さんが話すように言ってくれたんでしょ」


「私はただ礼太の支えになってあげてと言っただけ。話すことを選んだのは貴方のお父さんよ」


少し間を置いて、華女はぽつりぽつりと話し始めた。


「姉さんの名前は聞いたかしら」


礼太が首を振れば、華女は虚ろな笑みを浮かべる。


「そう。私にはばかったのね、兄さんは臆病で優しい人だもの」


ちゃぷん、と池の水が揺れる。


まるで、華女の声音の波紋に水が呼応したかのようだ。


「姉さんの名前はね、華女と言うの。私と同じ……違うわ。私が姉さんの名前をつけられたの。私たちの父は、姉さんが亡くなった後にどんなに大切な存在だったかやっと気づいて嘆き悲しんだ末に、翌年生まれた娘に死んだ娘の名前をつけてそれはそれは可愛がった。……私は生まれた時から、姉の身代わりだった」


たんたんと話す華女に、礼太はどんな反応をすればいいのかわからなかった。


華女らしくない。


こんな風に自分の内面の傷を礼太に見せるなんて、今までならあり得なかった。


華女はおそらく間抜けな顔をしているであろう礼太を見て笑うと、ほっぺを優しくつついた。


「華女さんがおかしくなっちゃったぁって顔してる」


「そ、そんなこと」


「ええおかしくなんかなってないわよ。至っていつも通り」


華女は笑ったまま前に向き直り、空を見上げた。


「いい天気ねぇ、夜にこんなこと言うのもなんだけど。星がきれい」


「……はい」


「やっぱりここが一番落ち着くわ。」


その後は、礼太も華女も口を開かなかった。


孤独にひたひたと沈んでいきそうな月夜だったが、寂しくはなかった。