父の部屋に自分から行くことなどまずない。


呼ばれた時しか入ってはいけないという暗黙のルールが礼太たち兄弟の中には敷かれていた。


礼太たちにとっての父の書斎は、一族全体にとっての当主の間みたいなものだ。


最後に入ったのはいつだろうかと考えて、中1の時、部活の同級生たちと寄り道をして帰った後だと思い出す。


寄り道をしなくちゃならん理由を述べなさいと言われて、皆やってることです、と答えたら横っ面をはられた。


次の日、頬を若干腫らしてきた礼太に和田が目を丸くしたのを覚えている。


『奥乃の家って過保護だな、遅くなったっつっても一時間ぐらいだろ。』


そして笑ってこう付け加えた。


『お前妹いたよな、そんな親だと女の子はもっと大変だろうなぁ』


そうだね、と言いつつも自分の中に違和感があっていまいち釈然としなかった。


その頃には華澄は十分立派に退魔師として働いていたし、帰りが遅くなることなどざら、たまに怪我もして帰ってきたが、父はねぎらいこそすれ礼太が怪我をした時のように過敏な反応を見せることはなかった。


それは華澄が一人前の退魔師として認められている所以だろうとは思うが、やはりどこか腑に落ちない。


父は、礼太に対して過保護だ。


過保護が言い過ぎなら、華澄や聖より行動を制限されている。


しかし何故。


髪をぐしゃぐしゃとかき回して、頭の中の疑問符を振り払った。


今はそんなことは関係ないのだ。


今朝の今で、父は礼太に対してどんな対応をするつもりなのか。


ぎしぎし鳴る廊下を歩きながら、礼太は本日何度目かのため息をついた。











「失礼します」


襖越しに父の気配を確認して、礼太はゆっくりと襖を開けた。


「ああ、おかえり。入りなさい」


父は書斎の隅の机に向かっていた。


おずおずと中に入ると、丸椅子をすすめられた。


父を纏う雰囲気が朝と打って変わって静かなので戸惑う。


「あの…父さん」


「今朝はすまなかった、礼太。あれは父さんが悪かった」


目を丸くする礼太に父が苦笑う。


「お前をあんな風にないがしろにするべきではなかった。」


どう反応すればいいのか分からない礼太に、父は久しぶりに微笑みかけた。