何となく寝た気がしない頭をかかえて、礼太はぼんやりパジャマを脱ぎカッターシャツに袖を通した。


日課を確認しなければと時間割表へ手をのばすが、思考は勝手に今朝見たやけにリアルな夢の方へと持って行かれる。


夢の中で、礼太は宗治郎という名の青年だった。


性格は現実の礼太と全く違う。


礼太はあんな飄々とした性格はしていない。


しかし夢の中で、礼太は自分が『宗治郎』であることになんの違和感も感じていなかった。


(胡蝶の夢……なんちゃって)


仕度をあらかた整えて、朝食を食べに台所へ向かおうとした時、荒々しい足音が聴こえて、部屋の障子が勢いよく開けられた。


そこには鬼のような形相をした父が立っていて、礼太は思わず尻込みする。


この一ヶ月、父とはろくに顔を合わせていなかった。


「…あっ、おはよ、どうしたの…っ」


突然腕をぐいっと引っ張られて、礼太は痛みに顔を歪めた。


父が握ったのは、噛み傷のある場所だった。


止める間も無く、父は乱暴に礼太のシャツの袖をまくり、湿布が貼ってあるのを確認すると何のためらいも見せずにそれを剥がした。


「ちょっ、痛い」


さすがに抗議を口にするが、ますます眉のつりあがった父の形相に、礼太は再び黙りこくった。


父が凝視する腕の歯型は、周りがあざのように紫になっていて、見る分には昨日より痛々しかった。


「……これは、妖にやられたんだな」


父の声は、懸命に感情を押し殺しているのが丸わかりだった。


「えっと、わかんない……えっと、ぼく…」


要領を得ずしどろもどろになる礼太の言葉は最後まで聞かず、父親はものすごい力で礼太をひっぱり廊下を歩き出した。


「父さんっ、待って、一回止まってよ」


悲鳴に近い声をあげながら懸命に手を振り払おうとするが、あっけなく引きずられていく。


父は屋敷の西側へと向かっていた。


西にあるのは当主のすまい。


華女のいる場所だ。


この父の剣幕からいって、病弱の妹を労わりに行くわけでは勿論ないだろう。