「礼太はぼんやりするのが好きね。」


「はぁ……まあ」


華女は体調が良い日は、何を思ってかよくここにやって来る。


そして間抜けな顔をしている礼太と鉢合わせては、くすくす笑うのだ。


「私、ここが好きよ。この屋敷の中で一番好きな場所」


かつては華女もこの一角に住んでいたらしい。


「子供の頃を思い出すわ」


礼太の隣に腰かけ、そう言ってにっこり微笑む華女と目が合うと、勝手に頬が火照った。


切れ長に縁取られた茶色い瞳。


真っ直ぐな黒髪は肩口でばっさりと切られている。


唇は口紅をほどこしているわけではないのに赤く艶めいていて、その鮮やかさが逆に華女の存在が幻影であるかのように感じさせるのだった。


「………明日の夜、次期当主の名を皆に明かすわ」


礼太ははっとして、次いで俯いた。


やはりそうなのか。


今日は北の方がいつもより騒がしい。


明日の土曜日は、いつもより多くの親類縁者が集まるのだ。


次期当主の名を謳うために。


「自分には関係ないと思っていて?」


おかしそうに問うてくる華女に、礼太はむすっとして答えた。


「もちろん関係ないこととは思ってませんけど、でも………関係ないでしょ」


自分の家のことなのだから関係ないとは言い難い。


しかしやはり………関係ない。


血の位置でいけば最も近いところにいながら、礼太ははなから除外されているのだから。


それを分かっていながら聞いてくる華女の妙な意地悪が腹立たしくて、礼太は皮肉っぽく聞き返した。


「華女さんはいいんですか?親戚のおじさま方のお相手をしなくて」


「あら、それは貴方にも言えることなのよ」


茶目っ気たっぷりに言い返されて、むぅっと黙り込むしかない。


そもそも、華女は一族の当主であり、この屋敷の中では絶対的存在。


そこを考慮しなくても、分家の者のご機嫌取りをするような人ではない。


明らかに礼太の方が分が悪かった。


「ふふっ、礼太は本当に可愛い子だわ」


華女は礼太の頭をふわりとかきなぜ、優雅に立ち上がった。


「さぁ、貴方もお部屋に戻りなさい。春とはいえ、夜はまだ肌寒いもの」


「……華女さんも気をつけて」


接しているとふと忘れてしまうが、華女は今体調が思わしくないのだ。


礼太は、少々変わっているが、気さくで優しいこの叔母が好きだった。


「ええ、ありがとう」


やわらかく笑って、華女は礼太に背を向けた。


その背が闇にとけるまで、礼太はずっと見つめていた。