「……わだぁーーー!」


「……はい、和田です。どうしたよ、奥乃」


コンクリの壁が暑苦しい男子テニス部更衣室。


一人だけいた先客の姿に、礼太は何故か、ほぉ、と安堵のため息をつきたくなった。


「いや、何か和田の姿を見たら急に気分が和んできて」


「それが雄叫びになって内から溢れ出てきたのか、珍しくわけ分からんな、奥乃」


昨日からやたら張り詰めていたせいか、奥乃だの妖だの次期当主だの廉姫だのと一切関わりのない友人の姿がやけに嬉しかった。


「久しぶり、和田」


「おーー…?」


二日ぶりだな、と和田は小さな声で付け足した。










礼太はテニス部の中でも、あまり上手い方ではない。


もともとの運動神経から鈍いらしく、悲しいことに50m走の記録で華澄に勝った試しがない。


それでも、部活は結構楽しい。


部活自体がゆるゆるなのが、礼太にあっているのだろう。


なんせ県予選を突発出来ればお祭り騒ぎなレベルだ。


その中で、和田 橘は群をぬいて上手い。


おそらく、ほとんどの先輩たちより上手いのではないだろうか。


小学校からやっていたのかと尋ねられれば、


「いや、中学からだけど」


とケロリと答える。


つまりは礼太の逆を地でいっている。


もとの運動神経とセンスが大変によろしいのだ。


礼太が一年生とラリーをしている間にも、和田は三年生と試合形式の練習をしている。


和田の姿を横目にとらえて、すばしっこいなぁと感心していると、


「あっ」


ボールが横をすり抜けて、コートの外をぴょんぴょん飛び跳ねていた。











練習が終わり、同級生たちとたむろしながら正門へと向かっている最中、門のはしに見慣れた人影を二つ捉えて、礼太は一瞬足を止めた。


「おいっ、どうしたよ」


礼太の後ろを歩いていた一人がつんのめり、軽くぶつかってくる。


「いや、門のとこに……」


礼太は二人の方へと駆け出した。


「あっ、兄さん」


いつものごとく嬉しげに笑う聖と、仏頂面の華澄。


「どうしたの?何かあった?」


「んー、まだ何もないけど、これからあるかな」


「な、に?」


にんまり笑う華澄に不安を覚えながら尋ねると、ますます深い笑みが返ってきた。


「今から依頼人のところに行きまーす」


「は?」


「だぁから、仕事だって、妖に会いにいくのよぉ」


礼太は一瞬フリーズした。


急展開すぎて脳がついていかない。


「……今から⁈唐突だな!まだ何の準備も出来てないよ」


「兄貴に何の準備があるってのよ。仕事すんのはわたしと聖よ。」


「…っ、心の準備とかっ」


首にかかっている青い石の御守りが恨めしい。


こいつを家に置いてくれば良かった。


「なんでこんないきなりなんだ?華女さんに言われたの」


「あら、違うわよ。なんでもかんでも華女さん華女さん言わないで。今回の仕事は下調べも出来てるし、簡単にいけそうだから、兄貴の初見学には丁度いいんじゃないって聖と話し合ったのよ。今朝話されて今じゃびっくりなのは分かるけど、まぁ、ここは柔軟性を見せましょうってことで」


綺麗にまとめようとする華澄に思わず苦笑いが漏れる。


妹に口で勝てた試しはないのだ。


「こんちはー、奥乃、この子たちは?」


礼太のすぐ後を追っかけてきたらしい和田が不信げに華澄と聖を見下ろす。


礼太は慌ててフォローした。


「妹と弟だよ。前に話したことあるだろ。華澄と聖」


「はじめまして、兄がいつもお世話になってます」


「どーも」


聖のすました挨拶に、和田の唇が少しほころんだ。


しかし、その後に続いたどこか人を食ったような口調の華澄に、ひくりと頬が引きつる。


「あーー、もう。用事あるんだろ、行こ。バイバイ、和田。また明日」


「ああ、またな」


華澄が和田を挑発し始めないうちに逃げるのが得策だと察した礼太は、和田と同級生たちに手をふり、二人の腕をひっつかんでその場を退散した。


「兄貴ぃー、向こうの信号渡ってぇー」


後ろから華澄がおかしそうに指示を出した。