縁側に腰掛けて、池に映った月が揺れるのをただ見ているだけ。












時間がどれくらい経ったのかもよく分からない。


こうしていると、夏の蒸し暑さの中に秋の気配を感じた。


まだそれは本当に微かで、鼻の先を擽るくらいではあるけれど。


軽快な足音がしたかと思うと、真っ白なワンピースに身を包んだ華澄が飛び出してきた。


「兄貴っ、ただいま」


「おかえり」


華澄は額の汗をぬぐいながら笑って言った。


「やっぱ、こっちの方が暑いね。北のほうはだいぶ過ごしやすい気候になってたんだけど」


久しぶりの元気溢れる妹の声に自然、口元が綻ぶ。


立ち上がって華澄を迎えた時、何を思ったのか自分でも分からないが、礼太はそっと華澄を抱きしめていた。


「……?どうしたの、兄貴」

「うん……ごめんね」


何かを察したのだろうか。


すがりつくように抱きついてくる兄の背中に、華澄はそっと腕を回した。


「あーっ、兄さんと姉さんだけ、ずるい、僕だけ仲間はずれっ」


澄んだ声が廊下に響いたかと思うと、勢いよく聖が飛びついてきた。


「いたっ、ちょっと聖、痛いんだけど」


「ずるした方が悪い」


「ずるって、幼稚園児じゃないんだから」


しばらく、三人で抱き合ったまま、夏のぬるい風に吹かれていた。


だれの声だか、くすり、と忍び笑いが漏れた。


それが次第に大きくなり、終いには三人いっしょくたになってお腹が痛くなるまで笑い転げた。


「もぉ、兄貴のせいなんだから、ますます暑くなっちゃった」

「ごめん……だって嬉しくて。しばらく顔見てなかったから」

「兄さん、僕に会えたのも嬉しい?」


末っ子の無邪気な笑顔に、兄と姉は優しい眼差しを注ぐ。


「もちろん」

「僕も、兄さんに会えて嬉しい」


にっこりする聖の髪を、礼太はそっと撫でた。


ふと夜空を見上げた華澄が感嘆の声を漏らした。


「わぁ、見て。星がいっぱい。きれい」


夜空を見上げれば、こぼれそうなくらいの瞬きが、礼太たちを見つめていた。







「うん………きれい」








そっと呟いた礼太の頬を風が優しく撫でた。


















『花降る里で君と』完

『幻桜記妖姫奥乃伝ー月影の記憶』
へ続く