女………華女は、自分を凝視する和田を見やった。


その細く白い指で礼太の髪を撫でながら、首をかしげる。


「怪我はない?」


華女の言葉に、和田はびくりと肩を竦ませたかと思うと、ものすごい勢いで何度もうなづいた。


「そう、よかったわ」


華女がにこりと微笑む。


冷たい印象の瞳が眇められ、優しさが滲んだ。


和田は目の前の女が誰に似ているのかを了解した。


礼太だ。


この女(ひと)は礼太にどことなく似ている。


呆然と華女に見惚れていた和田は、扉の外に群がる少年たちを掻き分けて数人の大人が入ってくるのに気がついた。


「華女様、礼太様をどうなさいますか」


その中で代表格と思しき男が華女の前に進み出て問うた。


「ひとまずは屋敷に連れ帰りましょう。後のことは……私が兄と話し合って決めます。それと、あの子も屋敷に連れ帰って下さい。……あそこで伸びてる乙間の坊や」


男がうなづき、細い腕の中から礼太を引き取った。


他の男が乙間に近づき、よっこいせ、と背負う。


そこそこの体重はあるはずの中学生男子の体を軽く担ぎ上げて、男とその連れたちが去ってゆく。


和田はそれをなす術もなく見送るしかなかった。


礼太の青白い肌が、闇の中に揺らめく。


気を失った礼太がどんどん遠ざかってゆく。


なぜか、彼がとんでもなく遠い、自分などでは手も足も出ないほど遠い場所に行ってしまうような、そんな予感がした。


これが永遠の決別であるような、そんな予感。


女がすっと立ち上がり、武道場を見渡した。


壁に寄りかかる少年、呆然と突っ立っている者。


大多数は扉の外側でこちらを伺っている。


女が和田に背を向け、歩き出す。


「あ……あなたは……誰ですか」


聞かずにはいられなかった。


ひっくり返った情けない声で、それでも和田は懸命に尋ねた。


別れの予感など、信じるわけにはいかない。


礼太を連れ去った奴らの天辺にいるらしきこの女のことを、知っておかなければならない。


女は目を眇め、再び微笑んだ。


「私は華女。礼太の叔母なの」


それだけ言うと、華女は去って行った。


笑みの余韻だけ残して、香り一つ残さず。


「………奥乃」


あとで話したいことがあると言っていたのに。


「礼太………」


夏休み明けたら、教室でまた会えるよな?


心の中の問いに、答えてくれるものはなかった。