和田 橘は、友人 奥乃礼太に関する奇妙な噂を知らないわけではなかった。


その噂のために礼太を遠巻きにする人間がいることも知っていた。


しかし、橘には関係ないことだった。


礼太は新入生としてはじめて言葉を交わした時からの気の合う友人で、大切な部活仲間でクラスメート。


礼太と知り合って、これほど距離を感じたのは初めてのことだ。


夏休み前、急に部活を辞めると言い出した礼太。


信じられなかったし、怒りも湧いた。


確かにここ最近、かなりの確率で休んでいたが、家の用事だという、礼太の言い分を信じていた。


そのぶん、裏切られたような気分になったし、やるせなかった。


でも、一番赦せなかったのは自分自身だ。


あの噂も、礼太が部活を辞める理由の一つに違いない。


いわく、奥乃 礼太の家は、何やら怪しい商売を営んでおり、礼太はその一味である。


昔から黒い噂の絶えない家で、地元ではずっと恐れられてきたのだとか。


奥乃家の住人に近づきすぎてはいけない、闇に足を掬われたくなければ。


橘は新興住宅地の人間だ。


この土地固有の古い因習など眼中にもなければ、馬鹿馬鹿しいとすら思う。


礼太は、いい奴だ。


橘にとっては、それで十分だった。